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第29話
翌日目を覚ました七緒は、寝返りを打つ。
マルの寝顔がすぐ傍にあってホッとして、そのオデコに手を当てて、熱が無いことを確かめた。
掛け時計を見ると、マルはいつもならとっくに起きて朝ごはんを作っている時間だった。
買い物も上手にできるようになったから、バリエーションも増えてより磨きがかかった料理を毎日楽しみにしている。
さすがに昨日の雨に体力を奪われたのだろう。
思う存分寝かせてやろうと、七緒はその頭をそっと撫でてもう一度瞼を落とした。
* * *
「今日、かふぇのバイトは無いの?」
「無い」
「だいがくは?」
「休み」
「じゃあずっと一緒にいられるのっ?」
「……いられるけど、この状況を見ろよ」
ベッドに寝転がったまま、部屋の中で小躍りするマルを見て呆れる。
体が熱くて怠く、喉の奥が指で摘まれてるかのように痛い。
マルの心配をしていた自分の方がダウンしてしまったようだ。
先程熱を測ってみたら38度9分。
身体の作りはマルの方が丈夫らしい。
「お前のせいだからな」
「え、なんで俺のせいなの?」
「お前が急にいなくなったから俺は……」
傘もさす余裕もなかったほど家を飛びだし、マルを探し回っていたなんて口がさけても言えなくて、プイと壁の方を向いた。
「ねぇ、なに?続きは?じゃないと……」
「やめろ!読むなよ!」
「……え」
七緒の肩をユサユサと揺らしていたマルの動きが止まる。
状況を把握したマルは、持ち上がっていた尻尾をしゅんと垂らし、床にペタンと座り込んだ。
「ごめんね、ご主人様の事を喜ばせようとしたのに、俺のせいでこんな風になっちゃって」
マルは百面相のように、感情や表情をコロコロと変える。
感受性豊かなその男の存在は、七緒の弱いところをくすぐる。
しょうがないなぁと思いつつ、でもどこか憎めないこの男の事を七緒は好きになっていた。
それは恋愛の意味なのか、飼い主と飼い犬としての関係性での好きなのか、まだ分からないけど。
「マルって本当に感情表現豊かだよな。いいよ。代わりに何か胃に優しいものでも作ってくれるか?」
「え、胃に優しいもの?」
「俺が風邪引いたとき、母親がよく作ってくれてたもの、覚えてるだろ?」
「あっ、うんうん!すぐ作るね!」
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