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第30話

マルはキッチンであっという間におかゆを作り、トレイに木製のスプーンも乗せて七緒の元へ持っていった。 「ご主人様、出来たよー」 声を掛けるが、肩まで布団にくるまる自分のご主人様はピクリとも動かない。 一旦トレイをテーブルの上に置き、ベッドに膝を乗せて顔をのぞきこんだ。 (寝てる……) 規則正しく上下する肩を見ながら、さてどうしようかと迷う。 すぐ食べないと冷めて美味しくなくなるし、起こしちゃうとせっかく寝てたのにって怒られそうだし……。 尻尾をぱさ、ぱさ、と左右にゆっくりと動かした。花占いならぬ、尻尾占い。 マルが犬の姿の頃にも、選択を迫られた時にやっていた事だ。 自分の気分で尻尾を止めるので、あまり意味は無い気がするけれど。 身体の右側で尻尾を止めたマルは、ニコリとする。 (よし、起こそうっ) 「ご主人様ー、起きて。おかゆ出来たよ?」 ユサユサと身体を揺らすが、眠りが深いのか、なかなか起きる気配が無い。 七緒の耳元に顔を近づける。 「起きてー。じゃないとチュウしちゃうよ?」 七緒はくすぐったそうに頭をずりずりと枕に擦り付けたが、その瞼が持ち上がる事はない。 いいの?いいの?と思いながら、ふふふっと両手で口元を押さえたけど、すぐに伏し目になって視線を床に落とした。 いつまで、こうやってご主人様の隣にいられるのだろうか。 昨日一気に上がった幸せ指数。 ご主人様が幸せになればなるほど、マルの悲しみは比例して大きくなっていく。 自分はずっと、生意気だけど自分に愛情を注いでくれていた七緒に恋をしていた。 けれど分かっている。 いつか言われたように、耳と尻尾を生やした、人間なのか犬なのか得体の知れない自分なんかじゃ、ご主人様と生涯を共にするなんて事は出来るはずが無い。 役目が終わったら空に戻り、またシェルティーの姿でリュウくんや他の動物たちと遊ぶのだ。 空はとても快適だ。 暖かくて、フワフワしてて、嫌な事なんて何一つない。 けれど、ご主人様との幸せな日々を過ごしてしまった自分は、簡単にその生活に戻れるのだろうか。 ――怖い。 ご主人様、どうか、幸せにならないで。 そう願ったマルの声が聞こえたみたいに、タイミングよく七緒の目が開いた。 「あ、マル。どうした?」 「……あ、ご飯出来たよ。食べる?」 「あぁ、ありがとう。食べる」 「食べさせてあげるね」と張り切ってスプーンでおかゆを掬ったけど、熱々のおかゆを唇に押し付けられた七緒は涙目になっていた。 ご主人様に怒られても、マルはこのモヤモヤした気持ちを払拭するように嬉しそうに声に出して笑った。

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