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第31話

* * * 彼氏が七緒のカフェに現れたのは、マルの看病のおかげで風邪が完全に直った四日後の事だった。 カウンターでいつものようにオーダーされたホットカフェオレをトレイに載せながら、彼氏に声を掛ける。 「あ、あの、あとでちょっとだけ話に行ってもいい?」 「ん?いいよ。一時間くらいはいると思うから」 ニコリと微笑む彼に、少し罪悪感にも似た気持ちを抱きながら「じゃああとで」と頷いた。 あのどしゃ降りの雨の日、ケーキの箱を捨ててしまった事について聞いてみようと思ったのだ。 この間マルに話してみたら、案の定「最低。はやく別れなよ」という言葉をもらった。 でもなにか理由があったのかもしれない。 モヤモヤした気持ちでいたってしょうがないし、付き合っているのだから、このくらい聞いたっていいだろう。 七緒は「清掃にいってきます」ともう一人のバイトさんに声を掛け、二階へ上がり、キーボードをカチカチと素早く打っている彼氏の側に歩み寄った。 「あの」 「……あ、七緒くんお疲れ。バイト中なのに大丈夫なの?」 「うん。すぐに終わるから」 「なに?」 「あ、うん……あの」 途端に口ごもる。 イメージではすんなりと話せると思っていたのに、いざ彼氏の前にくると緊張してしまって言葉が出てこない。 今から言おうとしている言葉がとても悪いことに思えてしまって、手汗を何度もエプロンで拭いた。 「どうしたの。七緒くん、特に用事無いんだったらいいかな?続き早く仕上げちゃいたいんだけど」 不機嫌な声で責められてしまった七緒は、慌てて言葉を紡いだ。 「あ、ごめん、あの、ケーキ美味しかった?」 咄嗟に出てきた言葉は結局これだった。 七緒はごくりと生唾を飲み込み、彼氏の反応を伺う。 彼氏は何を言われているのか分からないといった表情で、ポカンとこちらを見つめていた。 「えっと……ケーキ?」 「うん。ほら、この前俺が渡したケーキ。白い箱に入れた」 「あぁ!あれね。うん、美味しかったよ。ご馳走さまでした」 顔の前で手を合わせる彼氏に絶句した。 嘘を吐かれた事にショックを受けたが、それを悟られないように、こちらもニコリと笑顔を返す。 「それなら良かった。店長の試作品だったから」 「へぇ、そうなんだ。うん、凄く美味しかったよ」 どんな風に? どんな形だった? 甘かった? 感想訊かせて? 意地悪な質問をしてみようかと試みたけど、そこまでする勇気は無かった。 七緒はお礼を言い、一階へと降りる。 思えば彼は、はじめから嘘ばかりだった。 自分が好きだと言うのも、実は嘘なのではないかと疑わずにはいられない。 気持ちが、徐々に揺れはじめていた。

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