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第34話
ふぅふぅ、と何故か荒い呼吸を繰り返す男性をキョトンと見つめる七緒だったが、おもむろに視線を下に滑らせて驚愕する。
全開になったズボンのチャックから、性器が晒されていた。
グロテスクに勃起しているそれを5秒くらい見つめてしまった七緒は、声を出す余裕もなく慌ててその場から駆け出す。
人は本当に驚くと声が出ないらしい。
七緒は大通りに出て、煌々と照らされているコンビニに向かった。
壁に背中をつけ、噴き出した汗を拭いながら震える手で発信ボタンを押す。
相手は警察ではなく、彼氏だった。
『……はい、もしもし』
「あっ、い、今っ、へん、変質者に会って……!」
勃起したモノなんて、実物では自分と彼氏以外に見たことが無いから動揺していた。
いつもみたいに、優しい言葉をかけてもらいたかった。
けれど七緒の予想に反して、電話の向こうからは冷たい声が聴こえてくる。
『は?変質者?』
そんな事で電話してきたのか?と言わんばかりの声色だったから、サーッと血が引いていく。
俺、間違えた。
何で電話しちゃったんだろう。
けれどとにかく事情を説明しようと、七緒はたどたどしく言葉を紡いでいった。
「あっ、ご、ごめんいきなり。さっきそこで変質者に会ったんだ。はぁはぁ言ってて、股間見せられて、ニヤニヤしてて気持ち悪くて、慌てて逃げてきて……」
そこまで言ったところで、『ハハッ』と電話口の向こうで笑った声が聞こえた。
『本当にそんな事する奴っているんだ?七緒くん、逃げる前にどうせならそいつのモノ握り潰してやれば良かったのに。あぁ、写真撮ってばら撒くぞって脅してあげても良かったね」
七緒の欲しい言葉が一つも無くて、ショックを受ける。
言葉だけ聞けば笑い話なのかもしれないけど、自分に取っては恐怖の体験で、この気持ちに同調して寄り添ってもらえるって思ってた。
どんどん熱が引いて冷静になっていく。大丈夫だった?の一言でもあれば違ったかもしれない。
「……俺、ほんとに怖くて、すぐに逃げてきて」
『じゃあもう夜道は出歩かない事だね。バイトのシフトも早い時間にしてもらって、防犯ブザー持ち歩くとか。でも七緒くん、女の子じゃ無いんだからさぁ。女々しすぎるよ』
――違う。
ボタンをかけ間違えてしまったかのように、違和感がまとわりつく。
面倒そうに話すこの人と俺は、本当に相思相愛なんだろうか。
呆気にとられながらいつまでも無言でいたら、あちらも何か感じ取ったようで声を掛けられた。
『あ、ごめんね、女々しいとか言っちゃって。怒った?』
「何で嘘吐いたの?」
声は重なりあったけれど、七緒の冷たい声はしっかりと彼の耳に届いていた。
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