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第37話
「絶対だぞ。もし約束破ったら、マルの事嫌いになるからな」
「えっ!それはやだ」
「じゃあちゃんと守れよ」
「うん。何?」
「俺、彼氏と別れようと思ってるけど、全然幸せじゃないから。だからずっとここにいろよ」
「……」
「幸せ指数、上がったの見えてるのかもしれないけど、そんなのデタラメだから。だからずっといろよ、ここに」
七緒の言う通り、マルにはこの間以上に幸せ指数が急激に上がったのがちゃんと見えていた。
マルは戸惑っていた。自分の役目がもう終わりになろうとしている。
七緒は自分の意思で決断したのだ。幸せになる一歩を。
マルには未来を見る力は無いけれど、七緒の人生はきっといいものになる事は、なんとなく予感している。
「マル。返事は?」
「……うんっ。いるよ。ちゃんと、ご主人様の隣に」
ご主人様はきっと、自分が空に帰るんじゃないかって心配してくれている。
出来るなら、ずっと側にいたい。
ずっと。
このまま。
ふたりで。
「約束だからな?ちゃんと言いつけ守るんだぞ」
「うんっ。分かった」
「お前っ、それやめろ……ふふ」
マルの尻尾が、七緒の体の上をパサパサと動き回る。
七緒はくすぐったそうに肩を丸めながら笑って、長い尻尾を上から下に撫でた。
「もう遅いから寝ろ。おやすみ」
「おやすみなさーい」
まるで「行くなよ」と言わんばかりに、七緒はマルの尻尾を抱き枕のように抱えて目を閉じる。
マルは身動きが取れないまま、七緒の背中の熱を感じて、その心の中をこっそりと覗いた。
(犬神様。どうかマルを連れていかないで。お願いだから、俺を一人にしないで)
七緒の悲痛な声が聴こえると、マルの胸が痛くなってきて、目の周りが熱いもので刺激されて涙が出た。
俺たちはもう、離れられない。離れたくない。
お互いをちゃんと求めあってるけど、マルには帰らなくちゃならない場所がある。
でも――
マルは声を殺しながらポロポロと涙を流し、その頼もしい背中に向かって語りかけた。
――ご主人様、俺を好きになってくれてどうもありがとう。また会おうね。
七緒が完全に眠りについたのをその目で確認したマルは、尻尾をゆっくりとその腕の中から引き抜いてベッドを降りた。
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