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第39話

その後アパートに戻った。 鍵を開けて中に入れば、「どこに行ってたの?」とマルの声が聞こえてくるかと思ったけど、それは儚い望みのまま終わった。 無音の部屋を見渡して、もしかしてこの二週間、自分は夢の中にいたんじゃないかと思った。けれどふと目に入ったゴミ箱からは、菓子の空き箱や包み紙がはみ出ている。それは紛れもなく、マルがここにいたという証しでもあった。 「言いつけ破ったら、嫌いになるって言っただろ」 声に出して笑ってみたら余計に悲しくなって、心にぽっかりと穴が空いたようになる。 ベッドに顔を押し付けて目を閉じた。 本当に帰ってしまったのか。 自分は今、幸せ指数がどんどん減っていて、むしろマイナスになっている気がする。 上げるためにマルはここにやって来たのに、来る前よりも俺を不幸にさせてどうするつもりだ。 どんどん不幸になったら、マルがもう一度ここに現れてくれるんじゃないだろうか。 そんな風にぐるぐると考えながら、本当の気持ちをようやく口にした。 「好きだよ、マル」 昨日、ちゃんと伝えれば良かった。 素直になって、もっともっと、マルが大事で大切で、大好きなんだって伝えれば、マルは空へ帰ることを考え直してくれたのかもしれないのに。 後悔に苛まれながら、七緒は睫毛を濡らした。 * * * それから一週間、普段通りに過ごした。 大学へ行って授業を受け、ご飯を食べ、バイトをしてからアパートに帰る。 何の変哲もない日常生活に戻った。 店長には「お友達は見つかったの?」と訊かれたが、七緒は曖昧に頷いて笑うだけだった。 甘いものを食べる事だけはしなかった。 きっともう、今後食べる事は無いだろう。 二人分のお菓子は、キッチンの棚の奥に閉まった。 その間、彼氏が一度カフェに来てくれた。 目が合うなり「ごめんね」と謝られたけれど、何がごめんなのか分からなかった七緒は曖昧に笑った。彼氏はその日、カフェオレを一杯飲み終えると、パソコンは開かずにそそくさと店を後にした。 もう会うことは無いかもしれないな。彼の後ろ姿を見ながらそう感じた。 不幸にしていればマルがもう一度来てくれるって期待していたが、この一週間、結局マルは現れなかった。 あいつは空で自分を見ているのだと思えば、いつまでも落ち込んではいられない。 マルを心配させたくなかったから、なるべく明るく過ごそうと決心したのは三日前。七緒の気持ちは少しずつではあるが、回復していった。

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