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第40話
マルがいなくなって八日目の夜、カフェの閉店作業を終えて帰ろうとしていた七緒に、店長が声を掛けた。
「これ持ち帰らない?チョコレート、七緒くん好きでしょ?」
一口大にカットされたチョコレート味のバウムクーヘンが入った袋を、こちらに差し出された。
廃棄にしてしまうのはもったいないので、こうやって従業員におすそわけするのは前からだったけど、七緒はその茶色い食べ物を見て、涙がにじんでしまう。
ごまかすように何度かまばたきをした。
「やだなぁ店長。知らなかったですか?俺今ダイエット中なのに」
「えっ?そんなに細いのに?」
「見えないところはすごいんですよ」
腹を摘まむ仕草をすると、店長は「うそだぁ」と笑ってくれたから七緒は安心した。
結局お土産は受け取らずに店を出る。
マルはチョコレートが一番好きだった。
犬の姿だった時、チョコレートをうっかり口にしてしまった事があり、大変な思いをした。
人間になったら馬鹿みたいに食べていたなぁと思い出し、クスクスと笑った。
口の回りをチョコだらけにしながら笑うマルの姿は、頭からまだまだ消えてくれそうに無い。
一体いつになったら消えてくれるのかな。
「ワンッ」
ふと背後から吠えられて、目を見開いた。
――その吠え方、知ってる。
やっぱり会いに来てくれた!
すぐに振り向けば、そこにいたのはニット帽の男……ではなく、見知らぬ男性と、リードに繋がれた犬だった。
落胆したのも束の間、その犬を見てドキッと胸を鳴らす。
舌を出してハッハッと呼吸する大柄の犬は、シェットランド・シープドッグだった。
七緒は思わず駆け寄った。
「マル?」
突然手を差し出されて驚いた飼い主と犬は、一歩下がって七緒の様子を伺う。
「マルだよな?お前、今度は犬の姿になったのか?」
「えっと、すみませんがどちら様で」
飼い主は怪訝そうに七緒を見つめるが、七緒の目にはもうシェルティーしか見えていなかった。
「お前……何で俺のところに来ないんだよ」
シェルティーの頭に触れようとした瞬間、威嚇するように吠えられて七緒は身体を萎縮させる。
飼い主もリードを自身の体に引き寄せ、七緒を軽蔑するように見た。
「何やってるんですか?警察呼びますよ?」
「あ……」
男性は犬に目配せをすると、七緒の横を通り過ぎてその場から走り出してしまった。
一人残された七緒は呆然としたが、しばらくしてから宙にさ迷わせていたままの手を降ろした。
馬鹿みたいだな、俺。なにやってるんだろ。
マルはもう、この世界にいないっていうのに。
回復したと思っていた心は、またマイナスになった。
現実を突きつけられた七緒は、全身と胸が鞭に打たれたように痛くなり、とうとう堪え切れずにポロポロと涙を流した。
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