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第1話 -6

 こんな時がいつまでも続けばいいのに。そんなこと、思うだけ時間の無駄かもしれない。  住む世界が明らかに違う。光は名前の通り光の住人で、自分は日陰しか歩けない。  このまま大学に進学をしても、それが終わったら自分はもう家を継ぐことが決まっている。例え育ての父親と血が繋がっていなくても、戸籍上は実の父親。それに父自身が世襲制だと決めている。  くだらない話をして、くだらないことをして。こうしていられるのも今だけだ。  悟志は、腕を下ろし顔を伏せる。 「さと?」 「……そろそろ帰る。お前も、俺と一緒にいるのが見つかったら仕事できなくなるぞ」 「でも、さとはただの幼馴染じゃん」 「……そうだけど、そうじゃないから」  ただの、その言葉がちくりと刺さる。自分でもわかっているのに相手から突きつけられると傷を負ってしまう。  それを悟らせないように、悟志は窓の外に視線をやった。 「見つかったらタダじゃ済まない。連絡すればいいんだろ」 「さとが自分から連絡とったことないじゃんか。っていうか、なんでそんなに俺と一緒にいるの嫌なのさ」 「お前に迷惑かかるだろ。罰金に払っておくから、また今度な」  釈放とは言え、逮捕したんだろう? そう言って頭を軽く撫でてやれば、光は歪めていた表情を明るくさせる。  そのまま、ふんすと鼻息荒く頷いた。 「ちゃんと田舎のひーくんに連絡とるんだぞ」 「俺と同じ都内出身だろうが」 「へへ、怒られた。またね!」 「嗚呼、また」  こういう話をすれば、光はすぐに上機嫌になる。  コーヒーを飲みまだ熱いとぼやくそれに背を向け、会計を済ませて外に出る。  家の方向に暫く歩けば、そこには見知った顔があった。 「市倉」 「! 坊ちゃん、駄目ですよ勝手に抜け出されては」 「悪い。でも別に少し遊ぶくらいいいだろ」 「駄目です。貴方の命を狙う輩はいくらでもいるんですから。ご学友にも危害があるといけない」 「……わかった。明日からは大人しく帰る」 「俺の首が飛ぶのでそうしてください」  市倉は自分の世話を任された組の若手だ。とはいえ若手だったのは自分もまだ小さい頃で、今や40も超えた髭面の男。父よりも父らしい性格をしていて、小さい頃はよく光と二人で怒られたのを思い出す。  車に乗せられ、学校に置いてきたはずの携帯と時計を手渡された。 「身に着けていないと、頭がなんて言うかわかりませんからね」 「……そうだな」  時計を身に着け、小さく溜息。運転席に乗り込んだ市倉はそんな悟志に声をかけた。 「遠野のところのですか」 「誰にも言うなよ」 「言いませんよ」  何処から情報が洩れるかわからない。  父には絶対光と会っていたなんて知られてはいけない。会っていたと教えていいのは、市倉だけだ。  市倉はそうだ、と助手席に置いていた紙袋を差し出した。 「これ、学校の参考書です。遅くなった理由付けには丁度いいかと」 「助かる」  こんなものなくても理解はできるが、そんなこと父は知らない。適当にあしらうためにはこれが一番無難。  光と会ったこともわかっていて、この参考書を買っている。市倉はやはり父よりも自分を理解している。  窓の外を眺め、気付かれないよう小さく笑んだ。

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