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第4話 -2
家に帰ってすぐ、一人で風呂に入った。市倉がいないために頭も身体もすぐに洗い、すぐに湯を貯められた浴槽に入る。
自分が好きなのは光だけ。それは揺らがない。それでも、時雨から与えられる愛撫に一瞬でもあれが好きだと錯覚してしまった。
抱かれるのは父以外なら誰でもいいのだろうか。光に対してはそれ以前の感情だから関係ないが、他の、本当に初対面同然の相手でもいいのかもしれないと考え始めてしまう。
「坊ちゃん、髪は洗えました?」
「市倉」
自分がすぐに行かなかったことで機嫌を損ねた父に殴られたのだろう、唇の端を傷つけた市倉が浴室の中を覗くようにして見てきていた。悟志は、ふとひとつ思いつく。
「お前、俺にキスできるか?」
「はぁ?」
「できるかできないか」
「しないと殺されるんならしますよ」
「……極論を出すなよ」
生殺与奪の話は誰もしていない。自分にキスできるか聞いただけなのに、そんな答えで終わらせられるのは質問の意味がない。咎める声に、市倉は呆れたように答える。
「坊ちゃんに手出したら殺されるのは確定だし、出さなくても坊ちゃんが殺せって命じるなら同じことでしょ」
「極論抜きに答えろ。俺や親父の立場も考えなくていい」
「……立場抜きなら別にできますよ。身体のどっかが触れ合うだけだし」
「そうか」
他の皆が同じ答えなわけではないとわかっているがそんなものか。悟志は市倉から視線を外す。そんな悟志に、市倉は吉報を告げた。
「坊ちゃんがすぐ行かないのが気に入らないのかは知らないんですけど、これから店行くらしいですよ」
「……女でもいいなら、そっちだけにしてほしいんだがな」
「無理でしょう、あの人金目当てに自分に媚びる女大嫌いだから」
店とは組が経営している風俗店のことだ。高級を名乗るだけありそれなりにいい女がいるらしい。悟志は興味も湧かないが。
性欲処理のために指名される女も可哀想に。それでも、女を抱きに行ったのなら今日は戻ってこない。久し振りに一人でゆっくりと眠れる日が来たと、悟志は純粋に喜ぶ。
ちゃぷちゃぷと水を跳ねさせているそれは年相応かそれ以下のように見える。普段は妙に大人びている上に艶やかな雰囲気を漂わせているから、より一層ギャップが激しい。
一人で眠るなら今日は日付も変わる前に世話係の役目は終わる。それなら今日は早く帰れる。組長に抱かれる悟志の悲痛な嬌声も聞かずに済む。市倉はそんなことを考える。
だが、不自然なほど突然跳ねる水音は止まった。
「坊ちゃん?」
「……なぁ、もうあいつは出て行ったのか?」
「ええ、多分。すぐに車を出せって話でしたし」
「そうか。……お前、それ全部脱いで入ってこい」
この前のあれは足を滑らせた事故で何とか誤魔化せた。
だが、悟志の言葉は一緒に入浴することをせがんでいる。市倉が戸惑っているのがわかり、悟志はそれに、命令だと付け足した。
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