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第19話 -14
抱き上げようとした澤谷に自分で歩きたいと言えば、澤谷は支えになるとすぐそばに座った。その肩を支えに立ち上がり、壁伝いに歩こうと手を伸ばす。
そんな手を、澤谷が掴んだ。
「?」
「杖代わりにしていいですよ。ゆっくり歩きましょ」
両手を掴み、ゆっくりと引く。悟志はそれに合わせて少しずつ歩く。
心因的なものだから、歩こうと思えば歩けるはず。一歩一歩力を込めないと前に進めない自分が情けなくて嫌になる。
悟志は自室を出たところで足を止め、俯いた。
「悟志さん?」
「嫌になるだろ、こんなガキと一緒に暮らすの」
「いえ、全然。どんな悟志さんでも俺は好きなので」
「……どうせ離れるくせに」
「そんなことないですよ。俺惚れた相手にはめちゃくちゃ一途なんで」
それなら、尚更自分のような人間は嫌いなはず。
悟志は掴まれていた手を下ろす。
「そうやって想われても、俺は同じだけ返せない」
「返すとか返さないとかどうでもいいんで。俺は悟志さんのために生きたいだけです」
「でも、俺は」
「そうやって真面目に考えてくれるってことは、俺も少しはチャンスあるって思ってもいいんですか? そう思っちゃうから、違うならただ黙って俺を利用してください」
利用。こいつも時雨と同じことを言うのか。
悟志はあからさまに表情を歪め、ふいと視線を逸らした。
「悟志さん?」
「利用するとかしないとか、そういう話は嫌いだ。また寝る」
「駄目ですよ。お風呂入りましょ」
「聞き分けがいいだけの犬はいらない。誘っても抱かないのも信用ならない」
「俺も大人なんで、子供に手を出すのに抵抗あるんです」
「市倉は出してる」
「そら兄貴は兄貴なりに考えてるんでしょ。俺は出しません。聞き分けのいい犬が嫌なら無理やりにでも連れてっちゃいますからね」
澤谷はそう言うなり悟志のことを担ぎ上げた。嫌がる悟志をよそにスタスタと脱衣所まで運び、湯を張り始めた市倉に悟志を引き渡す。
「どうしたんですか、何かありました?」
「なおが虐めた」
「誤解です。何もないんで。じゃあ俺残りの片付けやってきます」
すぐに離れ、澤谷は出て行ってしまう。
その後ろ姿をじっと眺めた後、悟志は市倉を見上げた。
「風呂」
「今沸かしてるので先に身体だけ洗いましょうね。何話してたんですか」
「あいつは手を出さない大人でお前が子供に手を出す大人だって」
「……やめてください、抉られるので」
「市倉、したい」
「……はい」
歳の差で言えば市倉の方が離れていて、澤谷よりも余程犯罪のよう。
こんないい大人もしているのを目の当たりにしているのに何故あそこまで頑ななのか。そんなに誠実に想われたところで、今更苦しくさせるだけなのに。
市倉と唇を触れ合わせながら、悟志はそんなことを考え表情を歪めた。
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