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第20話 -3

 去年の春、入学式の次の日。  どうもヤバい奴が同じクラスにいるらしい。入学式最中どこからともなく聞こえてきた噂に、式にいないそいつがどんな奴なのか気になった。  どうも学校の行事には参加ができないような立場の人間らしく、そこも好奇心を刺激された。  少年院帰りの不良だとか、100人の女を泣かせただとか。あまりにもな噂ばかりが流れ、正解はわからずじまい。翌日朝、登校するまでその正体は一切の謎だった。  昨日の入学式はカンカンに照っていた太陽が曇天に隠れ、今にも降り出しそうな雰囲気だ。早く教室に入ってしまおう。そう思いながら昇降口まで軽く走り、持ってきたビニール傘を傘立てに突っ込んで教室へと向かった。  入学式やその後にそこそこ仲良くなった同級生が、自分を見つけるなり走って来た。教室の前には人だかりができ、誰もが教室内に立ち入るのを躊躇していたようだ。  一体なんだ、そう思いながら人をかき分け覗き込む。そこにいたのはふわふわした栗色の髪をした、線の細い少年だった。  あれがヤバい奴。思わず拍子抜けしてしまう程には綺麗な顔をしたただの同世代にしか見えない。あれの何処にそんなにも怖がる必要があるのだろう。  そう思いながら教室に入ろうとした時雨を、同級生達は必死に止めた。  あいつはヤクザの若頭らしい。この高校がある市内に本拠地の事務所を構えている九条組の跡取り。  そんな言葉に、思わずあれが? と言いながらじっと見てしまった。  視線が、重なる。  気怠げで伏し目がちのその瞳がこちらを見たことにドキリと心臓が跳ねてしまった。  突然、外から轟音が鳴り響く。それは雨が降り出した音。彼の背後の窓から見える外は土砂降りで、突然バケツをひっくり返したようなその雨量に、彼もまた窓の外を向いていた。  騒がしいと聞きつけたのか、教師がやって来た。生徒達は躊躇いながらも各々の教室へと入ってゆく。時雨もまた彼等と同じように誰も入ろうとしなかった教室へと足を踏み入れる。 「伊野波、今日終わったらカラオケ行こうぜ」 「彼女と約束あるから無理かなー」 「え、お前彼女いんの? 裏切り者だ」 「昨日会ったばっかなのに酷いな」  同級生とくだらない会話をしながらも、視線は彼へと向いてしまう。チラチラと見ていると、彼は眠いのか欠伸を漏らし、机に突っ伏してしまった。生徒達を注意しそのまま教室でホームルームの準備をしていた教師も、彼の家庭のことを知っているからか注意する言葉をかけることもしないようだった。

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