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第20話 -7

 毎日、何故あの時怒りをそのまま伝えてしまったのだろうと考えている。  悟志は求められたらそれに応えるだけ。嘘もまともに吐けるような性格じゃない。だから、あの男と肌を重ねていないのは本当のことなのに。  光は仕事終わりの疲弊しきった身体に鞭打ち、ゆっくりと通学路を歩いていた。  自分が学生だから、単体の撮影などの仕事は土日に詰め込まれることが多い。世間的に休日なのだから自分も休ませてほしいものだ。そう思いつつも意見できるほどの力はないため大人達の善意の言いなり。  せめて悟志がいれば。そう思いながら、深く溜息を吐く。自分で知らないなんて拒絶しておいて虫のいい話、悟志だって嫌がるに決まってる。  ふと、視界の端に見たことのある車両が映る。すれ違ったそれを振り向けば、それはよく見ていた悟志を毎日送迎している市倉のものだ。  まさか。光は顔を上げ、もう数百メートル先に見えている学校へと走った。  悟志が、また学校に来た。また会える。また話ができる。教師が立っている校門を通り過ぎ、世間話をしている学生達を追い抜くようにして昇降口から下駄箱へ。  悟志のクラスの下駄箱を覗けば、ずっと恋焦がれた栗色の髪が見えた。  ただし、それは自分の目線よりもずっと下。 「さと?」  光が声をかけると、すぐに反応を示し顔だけで振り返ってくる。だが、その唇が動くことはなかった。  彼の陰に隠れていたのか、仲違いしていた友人が立ち上がり顔を出す。彼の靴を下駄箱に収納し、今気付いたと言わんばかりに笑いかけて来た。 「光おはよ。九条、行こっか」 「……ん」  ふい、と顔を逸らされ、時雨によって足代わりなのだろう座っているそれが動かされる。  何故車椅子に。一体何があったのか。何故自分には声をかけてくれない。  どうして、時雨と。  疑問が膨れ上がり、教室に向かうそれをただ黙って見送ることしかできない。 「光くん、おはよー」 「う、うん、おはよう」  すれ違う女子生徒が挨拶をしてくれるが、2人の姿が見えなくなるまで、視線を逸らすことはできなかった。

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