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第20話 -8
悟志が車椅子で登校してきたことは存外早く広まったようだった。他のクラスから見に来る生徒までおり、注目の的。
煩わしい。そう思いながらも、そんなことよりと考えてしまうのは先ほどの光のこと。
せっかく顔を見ることができたのに、何も声をかけられなかった。車椅子を見るなり一歩引いたような表情に、声を発することさえできなかった。
「九条、体育の時見学しに行く?」
「行かないと教師が煩いだろ」
「確かに。……光にはちゃんと挨拶しなくてよかった?」
「あんな顔されて何言えばいいんだ」
「普通におはようとかでいいと思うけど」
教師の計らいで時雨の席を隣に移動してもらった。まだ授業が始まる前だからと会話しているが、時雨だってどこか以前よりも少し距離がある。
少し2人で話がしたい。悟志はくい、と隣にいる時雨の袖を掴んだ。
「ん?」
「少しいいか」
「……あー、ちょっと待って。先生、九条ちょっと調子悪いみたいなんで保健室連れて行きます」
「そうか、早く連れて行ってやりなさい」
車椅子だからか、スムーズに2人で抜け出せる。授業が始まるチャイムの音を聞きながら、悟志は時雨に車椅子を押され教室を出た。
「階段でいい? それとも屋上行く?」
「……階段」
「おっけー」
この学校は車椅子移動には適していない。偶然昇降口から2階の教室までの移動が傾斜だけで階段もないから普通に登校できたが、エレベーターはない。屋上まで連れて行くのは至難の技だろう。
階段まで着き、自分は車椅子に座ったまま時雨が腰掛けるのを待つ。
手の届かない距離。悟志はじっと見下ろした。
「お前、何か隠してないか」
「何もないよ。そっちこそ何かあった?」
「……お前の所為じゃないって、言っておきたくて」
「あー、その話か。いいよ、無理して言わなくて」
「違う、本当にお前の所為じゃない」
「じゃあ誰の所為で九条は今これに乗ってるの?」
車椅子に触れられ、思わず言葉に詰まる。
優の所為とは言えない。これと優は知り合いで、これからも関係性は続く。あれがセックスしたいがために仕掛けたことなんて言えるはずもない。
悟志が返せないでいると、時雨は車椅子から手を離した。
「俺ね、九条がいない間すっごい寂しかったしすっごい苦しかった。俺が連れ出した所為で九条があんな目に遭わされて、学校来れなくなって。また顔が見たくて、こうして話もしたくて。
でも俺がいたら、九条は傷つくだけだよ。だって、俺にはお前の父親派の兄ちゃんいるんだもん」
「兄とお前は関係ないだろ」
「ないなんて言えない。仲良くなんてならない方がよかったのかもな。そうすれば九条がこんな目に遭うこともなかったのに」
父親以外で初めて自分を抱いて、性欲以外の何かで自分を満たした男に全てを拒絶されるような言葉を吐かれる。
別に時雨を好きなわけじゃない。それなのに、苦しい。
悟志は車椅子から降り、縋るように時雨を見上げ抱きついた。
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