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第20話 -9
突然のことに時雨も驚いている。だが今は授業中で大きな声は出せない。ただ肩を掴み、押し戻すだけだ。
悟志は、半ば泣きそうになりながら時雨の腹にぐりぐりと頭を押し付けた。
「お前がいなかったら、俺は今でもあの家であいつの言いなりだった」
「そんなことないよ、市倉さんいるじゃん」
「でも、市倉が動くきっかけになったのはお前だから」
「俺がいなくてもあの人は九条のこと連れ出してたよ」
「そんなことない。嫌だ、俺を見捨てるのか」
「……違うよ。俺が近くにいたら九条がもっと傷つくから」
自分を一度でも受け入れてくれた相手に捨てられたくない。救ってくれた相手を手放したくない。その思いでぎゅうと強く抱きつく。
苦しい、時雨がそう言ってもやめない。発言を撤回するまで離さないと両手できつくホールドをかけた。
「ちょっと、おーい」
「離れないって言うまでやめない」
「それはできない。俺好きな子傷つけたくないもん」
「……じゃあ、やめない」
「お前、ほんと勘違いさせる天才だよな。本当にやめて、期待させないでくれよ」
肩を押し戻していた両手が頬に触れ、顎を掬い取られる。
見上げた時雨は、自分よりも泣きそうな顔になっていた。
「九条は、構ってくれる人がいなくなるのが寂しいだけだろ。別に俺、いなくなるって言ってるわけじゃないよ。ただこうして2人で話したり、2人で出かけたり、……これ以上触ったり、そういうのはもうしないってだけ。九条だってあんな目に遭っておいて同じようなことする奴と一緒になんていたくないだろ」
時雨が何を考えていて、どうして自分を突き放そうとしているのか理由は痛い程わかる。全てが悟志のためだ。
それでも、一度懐に入れた相手を外に出したくない。自分を認めてくれた人間はどうしても手放したくなかった。
これがどれほど酷いかなんてもうわかりきっている。時雨は悟志が好きで、悟志は時雨の想いには応えないまま繋がりだけを求めて。
自分がどれだけ求めても抱いてくれなかった今までの市倉と同じ。我慢させられる側だったからこそよく知っている。
「本当にお前の所為じゃない。俺を傷つけたい他の奴が情報を売ったからあいつが来ただけで、本当にお前が原因じゃないから」
「俺を繋ぎ留めたいだけなら嘘はいいよ。好きだからこそ離れておきたいって、いい加減わかってくれよ」
でももう、この拒絶は自分ではどうすることもできない。
時雨が、そこまでして距離をとりたいのなら。嘘じゃないと訂正することもせず、悟志は抱きつく腕の力を緩め、その場に腰を下ろしてしまった。
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