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第20話 -10

「そこで何をしてるんだ」  鋭い声が2人に向けられた。悟志は座り込んだまま見向きもしないが、時雨は慌ててそちらを振り向く。  そこにいたのは、生徒に対して人一倍厳しいことで有名な教師の古谷(こたに)だった。  時雨は思わず身を引き、立ち上がる。古谷は何も言わずに近付いてくると、悟志の車椅子を引いた。 「歩けない生徒を連れ出して逢引ごっこか?」 「ち、違います。九条ちょっと教室にいるの疲れちゃったみたいで、保健室運ぼうと思ったんですけど階段降りるの俺無理だったからここで一休みしてみようかって」 「……嗚呼、伊野波は怪我をしていたんだったか。代わりに連れて行ってやる、教室に戻りなさい」 「……はい。九条、じゃあまた後でな」 「ん」  車椅子に座り直した悟志に声をかけ、時雨は古谷の隣を通り過ぎる。  その肩を掴み、古谷はじとりと見下ろした。 「な、なんすか」 「部室、随分好きに使っているみたいだな。副部長」 「……何のことですか、よくわかんないです」  古谷はサッカー部の顧問も務めている。顧問とは名ばかりで、一度も練習を見にきたことすらないお飾りの顧問。  時雨ははぐらかし、その軽い拘束をすり抜けて逃げ出すように教室へと戻って行った。  悟志は車椅子に座ったまま俯いていた。この教師が誰だったか、何の教科を教えていたかも覚えていない。他の教師と同じく、どうせ自分のバックボーンに怯え媚び諂うか何としてでも落とそうと画策するような奴だ。覚える価値もないからと苗字すら知らない。  車椅子を押され、保健室へと連れて行かれる。時雨がよかったのに。そう思いながら、悟志は床を見続けていた。 「出席日数が成績に響きにくいとはいえ、授業中にあんな場所にいるのは感心しないな」 「……」 「まあ、俺には関係のないことだが。風紀を乱すようなことはしないように」  先程とは違う場所にある階段に差し掛かり、どうするのかと思えば古谷は何も言わずに悟志を担ぎ上げた。せめて一言何かあるだろうと思っていたために驚くも、そんな動揺も意に介さず軽々と階下に下り、一度戻り車椅子も抱えてきた。 「暫くは保健室登校にするべきじゃないのか」 「……担任が、教室に来れるなら来いって言ってたって」  連絡をした際にそう告げられたと市倉が言っていた。ちゃんと歩けるようになるまでは休んだ方がと澤谷が言っていたが、その方がよかったのかもしれないと古谷に抱えられる形でまた座らされながら思う。  古谷は、わざとらしいほど大きな溜息を吐いた。 「全く、車椅子の生徒が他の生徒と同じように学校生活を送れるわけがないだろうに何を考えているんだあの人は」 「他人には迷惑か」 「今の状況で迷惑じゃないと思えるのか?」  時雨に連れ出してもらって、授業を受けさせないで、こうして古谷の手も煩わせた。  確かに。悟志は正論に俯いてしまった。

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