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第20話 -11

 黙ったまま保健室に連れて行かれ、過度に心配する保健医の言葉は無視してベッドに潜り込む。  朝も市倉に構ってもらえたから眠くはならない。ぼんやりと白いシーツと布団の間からカーテンを眺めていると、ベッド脇の椅子に古谷が腰をかけた。 「お前の親がどんな職業であっても、その制服を着ている限りお前はこの学校のいち生徒でしかない」 「……わかってる」 「わかっていないだろう。我儘放題なことも他の先生から聞いている。特にお前の担任からはな」 「直接俺と話をすることもできない腰抜けの話ばかり信じるのか」  まだ人当たりの良い面を見せられる市倉とは会話できても、直接指導するはずの悟志本人には何も言ってこない。指摘すらできない奴が一方的に言った言葉を信用するのか。  概ね事実ではあるがそこがなんとなく気に入らない。だからと言えば、古谷は小さく含み笑いを漏らした。  確かにな。そう呟く顔に視線を向ければ古谷は別の方向を向いていた。  何故座っているのか、聞くのも面倒だ。他の教師とは違うようだが、どうせ話をすれば大差ないことに気付くのだ。だからこういう大人は無視に限る。  眠くないのに無理矢理目を閉じて、会話はしたくないという意思表示をする。古谷は暫くの間椅子に座っていたが、悟志に声をかけることはそれから一度もなく、保健医に何か言伝を残して出て行った。  漸く1人だ。寝返りを打ち、瞼を持ち上げ天井を見上げる。  別に退学になっても自分としては構わないが、市倉が心配してしまう。それに、学生でなくなれば実家に帰ることを強制されるのは火を見るよりも明らかだ。  家のことがなければ自分は教師から距離を置かれることもなかった。授業を普通に受けることもできたし普通の学生生活を送ることができた。  それができなくないのは生まれた家の所為。  いっそ、市倉が自分の実の父を唆して逃げさせてくれればよかったのに。それか母だけでもあいつの手の届かない場所に流してくれれば、こんなに苦しむこともなかった。  ……光にも、時雨にも会うこともなかった。他人のことばかり考えて、それを誤魔化すように我儘を通して、本当の心の内を秘め続けることだってなかったはずだ。  誰も好きでヤクザの家に生まれたわけじゃない。  外から聞こえる体育の笛の音に、自分だって外で運動してみたかったと不満を募らせた。

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