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第21話 -4
ボロボロになって、誰にも助けられずに心を閉ざしてほしかった。
あの世話係、本当に鬱陶しい。どうにかして離れさせたいのだが何か方法はないだろうか。
優は台本をテーブルに置き、脛に身体を擦らせてきた飼い猫のモカを抱き上げた。自分にべったりな程懐いているからか腕の中にすっぽりと納まったモカは喉まで鳴らして落ち着いている。
穏やかで社交的な人間を常時演じている優の本質は、多分きっと悟志しか知らない。
これまで無理やり抱いてきた他の男達だって、ただセックスが好きなだけだと思っている。
それほどまでに、優は猫を被り続けていた。
「なあモカ、ちょっと前にいっぱいお客さんが来たことあっただろ」
伝わっていないだろうが、モカは優の言葉にみゃあと鳴く。
「……あの時の猫、うちで飼いたいって言ったら駄目?」
救い出されて、あの世話係ともう1人、よく知らないチンピラと3人で暮らしている。
そこから、こっちまで引き摺り込んでしまいたい。
優はモカを床に下ろし、悟志達が来た時にはテレビの裏に隠していた写真立てを手にした。
ついこの間、実家から送られてきたものだ。自分が子役として芸能界入りするずっと昔の写真。
それは幼稚園の集合写真だった。一番前の左端にいる少女と見間違うほどに可愛らしい黒髪と栗色の髪の2人の男児を指でなぞる。そして、一番後ろの右端、隣の女児と距離を離され孤立している汚らしい茶髪の男児の顔をガラス越しに爪で掻いた。
「本当のことなんて、言っても気付かないだろうしなぁ」
そもそも、幼稚園の頃のことなんて覚えてないなんて言われるのがオチだ。あの2人は昔から、互いのことしか見えていなかった。どんな時も2人で一緒にいて、周りがどれだけ言っても離れずにいて、他の誰がなんて思っているかなんて気付かなくて、だから、誰からも逃げられる場所だった秘密基地でキスなんてして。
悟志の家について知ったのはその頃だった。
いつか、どん底まで落としてやりたいと思っていた。
自分もそれを思い出したのはつい最近だった。この写真を見てようやく思い出した程。それ程までにあの頃が最悪で、今がどれだけ恵まれているのか実感した。
光も悟志もこの話は話題に上げず、全くと言っていいほど気付いていないようだ。
それはそうか。あの時は実母からネグレクトを受けていて汚かったし、他の園児よりもひとまわり小さかった。何より苗字も違う。このマンションの部屋を買ってくれた今の両親も優が養子だなんて一言も漏らさない。
あの馬鹿が、気付くわけない。
幼少期の悟志を見下ろす。幼稚園の頃も整った顔立ちをしていたが、今は芸能界にだってなかなかいないレベルにまで美しく成長していた。
嗚呼、これが苦痛に歪む顔が見たい。愛されるのが当然なんて顔をして生きていたこの顔を歪ませてしまいたい。
でも、今はもうこの時のような表情はしていない。性的虐待を受けるようになってから、この無垢な少年の幸せだった日常は壊れてしまったのだろう。
だったらいっそのこと、もっとどん底まで突き落としてしまいたい。
だから、情報を集めて毎回九条組と敵対している男に売り飛ばしてきた。性的虐待を受けていて、あれの父である組長は悟志に執着しているなんてことも全部。
全部、全部悟志を陥れたくて。陥れた先で、手に入れたくて。
自分を拒絶するあの反応。他の人間では味わえない興奮。
光には手を出すことはないなんて言ってしまっているけれど、もう無理だ。
あの寝子が、どうしても欲しくなった。
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