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追想

 やってしまった。目の前で白目を向いて倒れ込んでいる生徒会長を見て青ざめる。  いやいやいやいやいや!!!!!俺悪くねーもん!!普通謝罪の後キスとかしねーもん!絶対悪かったとか思ってねえよ!このバ会長!ファーストキスだったんだぞ……!  講堂は、俺への賛辞と会長を心配する声とで阿鼻叫喚。もう大混乱である。ふと、トーカがいた方を見遣ると、なんとも言えない顔をしてた。なんだその顔。 『静粛に。各自部屋に戻りなさい。今回の練習試合は実に良いものであった。学ぶ点は学び、励みなさい。』 未だ混乱する講堂に理事長が鶴の一声で生徒達を宥め、寮に戻るよう指示を出した。  理事長からこの場で殴ったことを言及されないということは、お咎めなしということでいいのだろう。  理事長はああいう風に言ってはいたが学ぶ点なんて一切ない。だって俺我流だし。ただなんとなく刀が手に馴染むだけで、もともと刀をやっていたわけじゃないのだからも我流もいいところだ。  それに、今床で伸びてるこのバ会長だって、充分すぎるくらい強かった。俺が弱そうに見えたから油断していた部分もあるだろう。  しばらく様子を見ていると、小柄な生徒達がステージ上に登ってきて担架を持ってきて会長を運んでいく。…男だよな?チワワみてえだな、と大変失礼なことを考える。  講堂から生徒がいなくなると、理事長も姿を消していた。なんか、あの人二面性があんのかな?俺と会った時、もっとのほほんとしてたよな…。つーか、最後まで国王のバカ息子、見なかったけど!? 「おい、アホ」 一人で悶々していると後ろから頭を鷲掴みされる。こんなことする奴なんて、俺の知っている中じゃ限られているから、後ろを向かずとも声の主が誰かなんてすぐにわかる。 「なん、っぐえっ!」 と、首をぐるんと回転させられる。 「……なんですか、団長。なんか文句でもありますか」 トーカの顔を思いっきり見てやろうと頭と体をそちらに持っていこうとする。そこで思いっきり、顔を下に押さえつけられる。 「…いや、無え。よくやった」 と、そこで頭をぐっしゃぐしゃに掻き回される。 「力はねえが、速さはまあまあだな」 普段は絶対しないような優しい声に上手く反応ができない。いつもだったら罵詈雑言を浴びせられて、それに対して俺は「はいはいすみませんねよわっちくて」なんて返すのに。 「う、わ。やめてくださいよ」  なんだか、俺は、はずかしくて、はずかしくて、顔をあげられない。クッッソ、嬉しくなんかねえよ… 「…………だがな」 と、俺の頭を掻き回していた手で、俺の顎を掴み顔を上げさせる。 トーカの顔が俺の視野いっぱいに広がった。 「キスされてんじゃねえよ」 と、その綺麗な顔に圧倒された。  三年前、俺が十二の時のことを思い出す。初めて戦場という場に立ち、どうすることもできず、生きることを一度は諦めた。  この一度は死んだはずの命を救ったこの人物は、まさに、俺のヒーローだった。  こんな身元不明のガキ、よく手元に置いておくよな、とも思うが。ほんっっと、この世界、美形ばっかりだな。そんな全然関係ないことばかり頭に浮かんで動けない。  しかし額の衝撃によって俺の意識が引き戻される。 「!ってえ!」 かなり痛かったが、トーカの指を見てデコピンをされたことを知る。デコピンにしては威力が高すぎる。こいつは自分の力の強さを自覚すべきだ。 「あほ。そんな顔すんじゃねえ。」 「…どんな顔すか。」 「あぁ?キスしてください~~って顔。」 「~~~!!!、!してねえよ!!、ばか!!」 思わず講堂の出口に向かって走り出した俺の耳は後ろから見ても赤いことがバレバレだろう。  それ程俺に余裕はなかった。  だから、トーカが、その蒼い瞳が、俺を愛しそうに見つめていたなんて、気づくはずもない。  遡ること、三年前。  その日は、冬休み前の終業式の日。俺はいつも通り学ランを着て、いつも通りの通学路を通い中学校へと向かう途中だった。  俺の家族はごく一般的な家族だったと思う。  父と母と、弟と妹。両親は共に働きにでていたが、別に苦労はなかったと思うし、弟も妹も歳はあまり離れていなくて、仲が悪いわけでも仲が良いというわけでもなかったと思う。  良くも悪くも普通の家族だ。  中学生活だって、普通そのもの。部活はやっていなかったから、学校の授業が終わって掃除して帰りの会をして家に帰る。晩御飯を食べてお風呂に入って宿題をして寝る。朝が来て、支度をして家を出、学校に行くの繰り返し。繰り返される日々。 ただ、毎日がただ繰り返されて。……俺は、なんのために、誰のために、生きているのだろう。  目標は?夢は?やりたいことは?  別に人生を悲観していたわけじゃない。ある程度やりたいこともあったし、目標もあったはずだ。…夢、はなんだったろうか。  目標というか就きたい職として教師を目指していたし、勉強も嫌いではないけど、好きではなかった。俺の胸の中を常に占めるのは、やらない理由とか、言い訳とか、ある程度の妥協とか、  そんな自分が嫌いだった。何故この人生を思いっきり楽しめないのか、わからず悔しかった。  そして、登校途中。いつも通りの通学路。挨拶すらしないけどいつも目が合う女子高生とその日だけなぜか会釈をした。  前からどことなく危ない動きのトラックが走ってくる。嫌な予感がしてしょうがなかった。トラックが歩道に突っ込んでくるように見えた。  交通事故が起きた。  軌道上、女子高生が跳ねられる。俺の日常が壊れてしまう。自然と身体が動いていた。  酒気帯び運転していた大型トラックが、俺の身体を跳ねたのだった。  あーあ。なーんも、やってないのになあ…。せめて、今週のジャンプ買いたかったなあ、とか。今他人に携帯の閲覧履歴見られるのは、ちょっとなあ、とか。今日の夕飯は、うどんだって言ってたなあ。母さん。ちょっと食べたかった、とか。女子高生、大丈夫かなあ、とか。  ……生きたかった。 とか。  ふと気づくと、死んだはずの俺は戦場にいた。  三年前のシビュラ国は隣国と国際問題を抱えており、その時シビュラ国は優勢だった。 ただ、そんな国際問題うんぬんなんて当時の俺には関係なくて、とにかく生きなければならない、そう思った。  しかし、現状は変わらず、ここは戦場。目前に迫る敵に俺は呆然とするしかなかった。  そこに現れたのは、金髪のヒーローだった。俺は何故かその金髪に気に入られ軍に入った。ただ、何もしないわけにもいかないし、ヒーローに認められたかった。  なにより何もしない、というのは自分が何故ここにいるのか、何故生きたいのか、わからず狂ってしまいそうだった。溢れんばかりの生への執着のせいで、自分に意味を持たせようと息苦しくて仕方がない。  だから俺は、第一師団団長ーー俺のお世話係はその人だったーに頼んで、身体を鍛えた。  しかし、もともと筋肉のつきづらい俺は、どうしたものか、と。誰かの真似をしても、俺は強くなれない、二番煎じではダメだ、と。そこで、俺は鍛え方を変え、相手の力を利用した体術や、力では勝てないので、相手の攻撃をなるべく避け、かつ無駄な動きを省くことを重点として鍛えた。  ちなみに、元々前の世界で俺は帰宅部で、唯一足が速いことが取り柄だったが、この世界に来てから魔法のように思うように身体は動き、特訓は順調に進んだ。  後悔なんか、やめだ。俺は思いっきり、生きてやる!この世界で来て、俺の中で大きな改革がなされたのだった。  その後トーカは俺をこの世界のありとあらゆる場所へと連れ回した。戦争中の国とかもあったのにも関わらずだ。そして、シビュラに戻ってきてトーカに言われたことは今でも覚えている。 ーーこの世界に神はいるが、ヤツは俺達に何も教えちゃくれないんだ。だから、自分がここにいる意味を自分で見つけなきゃいけねえ。……だかな、この世界はお前も俺も全てを知り尽くせないくらい果てしなく広い。 「だから、生き急ぐ必要はない、か……。」

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