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一年Sクラス
食堂で急いで朝飯を食べたあと、俺達は職員室の前まで来ていた。
「失礼しまーす、一年Sクラスのエレクアントです。ターク先生いらっしゃいますか?」
「おーちょっと待ってろ」と奥から声がして少し待っていると、ホストのような容姿の男がでてくる。
「おー?どしたー、シノ」
「転入生のシキを連れてきました。クラスを理事長から聞いていないみたいで、先生に確認をしに」
そしてそのまま二人の視線は俺に向く。少し面倒臭そうに頭をガシガシと掻き、「あー」と声を迷わせた。
「お前が噂の転入生か。俺は一年Sクラス担任、ケイ・ターク。教科は歴史と戦術。お前は俺のクラスだ」
と、握手を求められたので、手を差し出す。先生はおざなりに握手を交わし、眠そうに欠伸をする。
「シキです。ひとつお聞きしたいことがあるのですが、」
そのまま先生は目線で俺に言葉を促す。
「その、噂の、とはどういうことでしょうか?」
「ああ、お前転入試験全教科ほぼ満点だったんだよ、歴史だけ欠点があったけど、大したもんだよ。歴史はしごいてやるから覚悟しとけ?」
と、先生から爽やかな笑みを向けられた。
どんなに記憶をたどっても、筆記試験なんて受けた覚えがないのだ。まさか、一ヶ月前に隊長の学力テストとか言って俺だけ受けさせられたやつか!?それじゃあ一ヶ月前からこの話進んでたってことじゃねえか!!あの狸じじい共め!!
内心ゲリラ豪雨の中、俺は営業スマイルをする。スマイルといっても微笑み、くらいだが。第一印象を自ら悪くするのは避けなくてはならない。
「僕は元々この国から大分遠いところから移り住んできたので、少し歴史は苦手なんです」
「そうだったのか、ま、他の教科は満点だかんな、一つくらい苦手なことがあった方がかわいらしいよなあ? じゃあそろそろ時間だし、クラスの方に行こうか」
先生の言葉に頷き、先生とシノに付いて俺は廊下を歩く。
*
一年Sクラスは頭の良い連中が多いらしく、なかなか気さくな奴らが多かった。シノ曰く、「このクラスには過激派な親衛隊に所属してる人がいないから」と言っていた。
第三師団団長のお目付役、ということはまず対象を把握することから始めなければならないが、いかんせんクラスさえも知らない。俺と同い年という事は、同じ学年だろう。
どうやら、この学校成績優秀者が集まるSクラスのみ授業免除、といったシステムがあるらしい。どうなってんだ、この学校。受けたい授業を受ける、というのがSクラスのスタイルだそうだ。
早速、自己紹介を兼ねたホームルームの後、俺は気配を消しクラスを出る。授業中の校舎を歩き回り、校舎の地図を頭に叩き込むことにした。この学園は四つの棟で成り立っており、すべての棟が繋がるようにできている。
この学園のシステム、特に誰が親衛隊持ちなのかとか、親衛隊によって特色も違うようだし、そこら辺も知らなくてはならない部分だろう。
中庭にでると、そこはあまり人目のつかなきところだった。その真ん中にはベンチ。座りたいなあ、と思ったところで、回り込んで見ると、そこには人がひとり。
横になっていて眠っているようだ。ブロンドの髪が風に吹かれ靡いている。秀麗な顔立で瞼は閉じられ瞳の色はまではわからない。
今朝のシノの言葉を思い出し、嫌な予感がしてその場を立ち去るために踵を返す。
そう、イケメンには近づくな、と。しかし、立ち去ろうとした瞬間に、右手首を掴まれ、ベンチに押し倒される。
目前に蒼い瞳。
「お前、どっかで見たことある?」
その高圧的な言い方に既視感を覚える、コイツ、まさか。
「い、え。知らないです」
「何、お前、俺のこと知らないの」
なんだコイツ、自意識過剰か。なんとなく苛立ちが募り、黙っていると、突然俺の上にいるコイツがクツクツと笑い始めてる。やめろ色気のある笑い方すんな。
「そんな、なんだコイツ、みたいな顔すんなよ。この学園で俺のこと知らない奴、本当に少ないんだって」
「…そんな顔してないです。知らなくてすみませんね、転入してきたばかりなので。」
「お前が噂の転入生か…ああそういうこと」
は?コイツ文法おかしいんだけど。なんなの。まじで。
「あの、いいかげんはなし、」
「お前、第七師団の奴か」
「……」
「……」
「……ちがいますけど」
うわぁぁあっぶねええええ口からなんかでてくるとこだったわ!!
俺が否定するとソイツは片眉を上げて面白そうに笑う。
「ほお?俺が惚れた奴を見間違えるとでも思ってんのか?間違えねえ、お前は第七師団三番隊隊長の、シキだろ?」
待って待ってちょっとキャパオーバー
「はっ!?はあっ!?」
そいつは更に俺との距離を縮める。俺は避けようにも押し倒されているので後ろはベンチ。無理である。
「つまりは、親父から言われて転入してきたって感じか?俺の見張り役ってところか」
「……あーっ!もう!そうですよ、あんたのために来たんです。第三師団団長サマ?」
「結構あっさり認めるなあ?」
「そりゃあんたは俺の顔知ってるみたいですし、あんたとあんたのご兄弟、顔が似てるんですよ。嘘は言わんでしょう?」
「ふうん?」
と、更にずいずい近寄る。
「ちょ、ちかいです! とにかく! あんたのための任務ですから、人目があるときに接触してこないでくださいね!」
迫る顔面を手のひらで押さえつけて、グイグイと押すが上から押し込まれるとどうも勝てない。
「じゃあ、俺とお前の秘密ってことか?」
「もう、さっきからなんなんですか!」
「昨日はあんなにあっさり生徒会長やっちまったっていうのに、今日は簡単にマウント取られちまったなあ?」
「俺は、力じゃ勝てないんです!」
「しかも、キスされてたよな?あぁん?」
「!あんなの、犬に噛まれたようなもんです、あんたには関係ないでしょう」
「おい、名前で呼べよ。あと敬語もなし。同学年だ。」
「……セツカさん」
さらに俺を抑える力が強まる。
「んああああ、セツカ!」
これでいいだろ!!と言わんばかりに呼んでやる。すると、俺を抑える力が消えたと共に、眉間に柔らかい感触。
セツカはとっくに校舎に入ろうとしていた。振り返り言う。
「シキ、ここは俺以外来ない。また来いよ。」
と言って去っていった。
「だあれが二度と来るかああ!!」
*
溜息を吐き、ベンチに思い切り凭れかかる。考えてみても、俺はアイツを知らない。どこかで会っているのか?とにかく、アイツが何クラスで、親衛隊があるのか、とかも色々聞かなくてはならない。
ここ二日間で、俺キスされすぎではないか…?俺の名誉のために言っておくが、唇にはあの生徒会長サマだけである。なんの名誉だ。隙だらけなのかな…。気をつけよう。
セツカ、か。漢字だったら、なんて書くんだろうな。セツは、うーーん、雪とか?節とかかな?
雪の方が良い。セツカだから、カ、カ、…。花とか?華?かな…。雪華とか?ちょっと綺麗すぎるか?漢字か…。漢字って、良いよな。どこがと聞かれると上手く言えないけど、ひとつひとつに意味があるし、名前に意味が詰め込まれて、溢れそう。
空を見上げると、空は青い。雲が薄くかかっている。この国は四季がなく年中肌寒い。澄み切った空気を肺に詰め、吐き出した。青が好きだ。
どこに行っても、空は青い。異世界について、なんて俺はよくわからないが、空が同じなら、あいつらが俺と同じ空を見ているんじゃないか、いつか会えるんじゃないか、って。
現実を見れば、この世界に少なくとも日本はないから、同じ空ではないかもしれないけど。俺は、帰れるんだろうか、
ただ繰り返すだけだった毎日に嫌気がさしていた。生きる意味がわからなかった。それは今もわからない。
それでも、本当は自分が置かれた環境に嘆くだけじゃなくて、言い訳するだけじゃなくて、本当は精一杯あの場所で生きれば良かったのにと、思う。だから、俺は今いる此処で、この場所で精一杯足掻きたい。目を閉じ、気を落ち着かせる。鼻で呼吸を繰り返す。
気持ちの高ぶりが無くなっていく。
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