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弱っちいけどさ
さて、忘れがちというかもはや忘れ去られていたが、本来の目的は第三師団団長、セツカのお目付役である。
啖呵を切って『二度と行くか!』的な事を言った気がするが、やはり定期的に中庭に行かなくてはならないだろう。
昨晩、ニイロさんに言われた事を思い出し、辟易する。俺は、ノアを守れるのか。何故、ノアの家族は脅迫され続けることを甘んじて受け止めているのか、他の王族は、それを放置しているのか。ノアに今まで危険な事はあったのか。犯人の目的は?黒幕は本当にいるのか。
……ダメだ、わからないことが多過ぎる。
どうする、ノアに直接聞いてしまうか?いや、ダメだ。不確定要素が多過ぎる。
「……おい、」
深みに入った意識に声が差して、声がした方に顔を向ける。
「……あれ、」
「そんなボーっとしてどうした?俺に惚れた?」
気づけば、中庭にいたようだ。
「……面白いジョークだな」
「あぁ?とりあえず、こっちこい」
中庭の主であるセツカは、ベンチから身体を起こし、自分の隣をポンポンしている。そこ座れってか。
「………」
「だー!何もしねえから、こっちこいっつの!」
しつこいので渋々隣に座る。
「……んで、そんな端っこ座るんだよ、もっとこっち来い。」
「………要望が多いっつーのおぉっ!?」
ぐいっと肩を引かれて、俺は体制が崩れる。
「で?どうして、今日はそんなに顔色が悪いんだ?」
端整な顔が覗き込むようにして俺の顔を見つめる。
「……んな、見んな!減る!」
俺は、セツカの顔面を両手でグッと押す。あ、グリって言った。
「あぁ!?減らんわ!アホ!」
俺の両手首を捕まえたセツカは、俺の手首を片手で拘束したまま、自分の首を摩る。
「いってーな、グリッて言ったぞ。」
「……手ェ離せ」
「お前の手首二本分、俺の片手にすっぽりだぜ?どっから、あんな力でてくんだよ。」
「うっせえな、気にしてんだよ。言うな!」
「それで?なにをうじうじしてんの?」
「…うじうじなんかしてねえよ。」
「…あ?俺は第三師団団長だぜ?なんか情報持ってっかもよ?」
そう言えば、そうだったな…。忘れてた。
「……今、この学園のある生徒を狙ってる奴がいる。けど、もしかしたら主犯格となる組織がいるかもしれない。」
「狙われている奴は誰だ?」
「俺と同じクラスの、ノアって奴。」
「…あー、あそこの家か。」
「……何か、知ってるのか?」
「あそこの家は、俺たち王族の中でも分家で更に、地位が低い。もしかしたら、上に報告しても見なかったことにされてしまうかもしれないな。」
「だから、しばらく脅迫され続けていたのか……。」
「まあ、それだけが原因じゃないだろうが。…それはまた別の話になるから今は置いておく。その、黒幕がいるかもしれないという話だがな、」
「黒幕は、いる。これは言い切れるだろう。」
「……それは、何故軍に伝わらない?」
「今回の様に脅迫される、と言うのは、まあない話ではない。というのが一つ。まあ今回学園を巻き込む、と言うのは今までに例を見ないが。もう一つは、その王族に後ろめたい何かがある、ということだ。」
「…、それはどういうことだ?」
「推測に過ぎないが、そのお前のクラスメイトっつー奴の家に今の本家が何かをした、ということだ。だから、本家は取り合わないし隠したい。」
「つまり、これは本家と分家の問題も、ある。」
「…まあ、本家と言っても広いんだよ。ややこしいったらありゃしねえ。粗方、その主犯格の組織も王族の黒い噂に漬け込んでやろう、って魂胆だろう。」
「それで、その組織の正体は、わかるのか?」
「最近、俺の実家にネズミがかかってな。」
「…ネズミ」
「あぁ。その主犯格の組織は、……兎(トーツ)。」
「……………」
***
俺はこの世界のそういった政治とかややこしい事は詳しくない。あくまで推測ではあるが今までの情報と俺の予想をまとめよう。
この世界の王族には、本家と分家がある。本家は二種類あり、オウシュウ家ともう一つあるらしい。これは思想の違いが絡んでいるとかないとか。そして今はオウシュウ家が統治していると。そして、分家はかなり枝分かれしており、なかなかややこしいことになっているが、これも思想の違いにより派閥とやらがあるらしい。
そして今回の件で、犯人はオウシュウ側に揺さぶりかけたいらしく、オウシュウ側であるノアの家に揺さぶりをかけているらしいが、これはほんの挑発程度のつもりなのだろう。
主犯格である「兎」は、俺達がマークしていたところでもある。あの組織は、なかなか実態を把握できず、俺がこの学園に来る前に一人捉え情報を引き出すことができた。あの組織は、とにかく人数が多いのだ。そして組織の主格となる人物はとんと姿を見せることはなかったという。
「…おい」
「…………」
…チッ、無視かよと、セツカは一人呆れる。
「おい、シキ。」
名前を呼ぶと、ようやくその真っ黒な目がこちらを向く。
「俺は第三師団団長だ。俺を頼れ。」
……なんでそんなコイツは偉そうなんだ。ふとコイツの血縁者の顔が思い浮かぶ。
「お前、団長と似てるな」
「……」
そう言うと、セツカはムッとする。
「嫌なのかよ?」
まあ、あの暴君と似てると言われたら俺は嫌だ。
「…兄貴はあまりのスペックの高さにイラッとくんだよ!」
「……」
つまり、あれか。
「フッ、アハハハ」
急に腹を抱えて笑い始めた俺を訝しげに見るセツカ。
「……何、笑ってんだよ。」
「いやぁ、お前もかぁわいいところあるんだなあって」
「かわいっ、てお前!」
「いやあ~~、こう見るとますますかわいく見えてくるなあ。」
セツカの頭を撫でながら、己の口元を隠す。ダメだ、ニヤニヤしちまう。
「お前お兄ちゃん大好きなんだなあ」
「なっ…!」
「照れるな照れるな」
「……わるいかよ、」
ボソッと呟いたセツカの顔を覗き込むようにしてみる。
「俺達は腹違いの兄弟だから、とやかく言ってくる奴らはいる。けど、俺は純粋に兄貴を尊敬してる。……いいだろ、別に。」
「いいに決まってるだろ。」
セツカの頭から手をパッと離して、俺は続ける。
「さ、今日はお前の弱点がわかったところで俺は退散しようかね」
と言って俺はベンチから立ち上がろうとする。…ん、あれ。立てない。んん?
「……テメェ、勝ち逃げしようなんざ百年早えんだよ、」
肩を見ると、セツカが思い切り俺の肩を掴み下に力を入れている。
「イダダダダ、やめっ、肩とベンチがくっつく!」
「くっつかねえよ」
セツカに片手で顎を掴まれグリンッとセツカの方を向けさせられる。セツカの顔を見た瞬間俺は数分前の己を悔いた。その時のセツカの顔は随分と悪どい顔をしていたからだ。
「ア゛ーーーーーッ!」
***
解せない…何が解せないかというと、セツカと会った後は必ず謎の敗北感を味わうことだ。
何故、俺がこんな脱力感に苛まれなくてはにゃらんのだ。クッソ、いつかあの野郎絶対泣かす。
しかし、知りたい情報が手に入ったのは大分デカイ。そこはさすが第三子団団長だと言えるだろう。
兎か…
クッソ、のらりくらり俺達の追跡を躱しやがって…!必ずとっ捕まえて兎の丸焼きにしてやる…
授業中の為か、静まり返った校舎の廊下をただひたすらに歩き考える。
何故今まで、全くと言って姿が見えなかった組織が浮かび上がった…?セツカはネズミがかかったと言っていたが、例えそのネズミが情報を吐いたとしても今までの兎なら、そんなヘマはしないはず。
そもそも、鼠と兎の関係性を匂わせることする、しないはずだ。
何を考えている?兎は慎重に慎重に今まで事を運んでいた。
ヘマをする程、何かに焦っている…?
………それとも、わざわざ己の存在を俺達自警団に知らしめるため?
鼠も今までは、王族に手を出すような大きなヤマには手を出していなかった。
今、この国で何が起こっているのか。
鍵がついていなかったため、屋上に入り柵にもたれかかる。
すると、カフスに着信が入った。
「はい、シキです」
『あ、シキ。今大丈夫かな?』
「大丈夫です。俺も丁度連絡しようと思っていたところで。」
『そっちも、進展があったみたいだね。』
「はい。」
『じゃあ、こっちから報告。今まで学校のセキュリティに潜り込んでいたのは、僕達が前々からマークしていた、兎ちゃん』
「…やはり、そうですか。」
『本当によくやってくれるよ、相手さんも。外国のサーバーを何度も経由してさらにお手製のセキュリティ、何重にも鍵かかってて手間取っちゃってね』
「今回の件、オウシュウ側の揺さぶりにと、分家の家に脅しをかけているようです」
『なるほど、つまり今の国のあり方に反発する兎と打倒オウシュウ家を狙う本家の片割れが手を組んだってところかな』
「それなら、ノアの家に何故脅迫したのでしょうか?本家でもいいはずでは?」
『…実は、もう一つ報告があってノア君のお家、実はオール国の血縁だ。』
「…それは………」
『ノア君の家、つまりレベル家の娘は昔王族でありながらも天敵でもあるオール国、国王との間に子供を成した。そのことで今オール国とシビュラ国は不干渉の立場を貫いているんだ。』
あまりの思わぬ情報に固まる。オール国とはかなり大きな国で、シビュラ国の南側に位置する。この国とは何十年も戦争をしていないらしい。
「じゃあ、そのレベル家になにかあれば………!」
『多分、戦争の火種になるかもしれないね』
「…………!……それは、本人達は勿論、他の方も周知しているんですよね?」
『それが、国の極秘情報になっていて本人達はおろか、現国王も知っているかどうか……』
「…!?何故ですか!!ノアが、危ないのに!」
『落ち着いて、シキ君。僕がこの情報を得たのは、反オウシュウ側から得たものだからだ。多分、オウシュウ側が不利になるように何十年も隠してきたんだろう。』
「………じゃあ、」
『このままだと、かなりまずいね』
落ち着け。まだ、大丈夫。大丈夫だから。誰も、死んでない。俺は、俺は隊長だろう?
俺に出来る事は、なんだ。
「…今から、ノア並びにその家族を保護してきます。」
『…!!待って、シキ!今不審人物が、校舎にいる!』
「!?どこですか!?」
『一般棟Ⅰの一階男子トイレ』
……そこは、俺達Sクラスの使うトイレじゃないか…
俺は屋上から、駆け出す。
「ニイロさん、そのまま団長に報告してください。」
『今してる、もう第七師団は動き始めてるよ。』
「了解」
「三番隊に告ぐ、俺のGPSを追え。
アオは俺の部屋から刀持ってこい」
『此方アオ。了解』
ニイロさんから送られてきた監視カメラ映像を見ると、黒い服装の二人組が荷台に大きな箱のような物を運んでいるのがわかる。
男子トイレに入ると、そこにはクロエが倒れている。
「…!クロエ!!」
目立った外傷は無く、息もある。
クロエが薄く目を開け、酷く顔を歪ませた。
「…た、た……ぃちょ…ご、め……の、あが…」
「………あとは、任せろ。クロエ」
そう言うと、クロエは意識を無くした。
悔しさに、つい床に拳を打ち付けてしまう。
……くそ…………
『おい、ガキ。』
この声は、
「………………はい。団長」
『ソイツは他の奴に任せて、お前はアレを追え。』
『奴等は今西の方角に馬車で何処かに向かっている。お前なら追いつけるな?』
「…勿論です」
『俺達はお前を元に、奴等のアジトに向かう。
いいか、ヘマすんじゃねえぞ。』
「……ハハ、冗談きっついな」
『そんな軽口叩く余裕があるなら、さっさと行きやがれ。このうすらぼけが。まだ誰も死んでねえ。』
「…りょーかい」
無線から聞こえるトーカの声に安心なんてするわけがないんだ。ただ、足に力が入ったのは確かだ。
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