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布団に帰りたい

じゃあこれから気晴らしに、なんて言っても制服を着ている訳でもない一般人が自警団の寮にいたらまずいので、結局寮の外に出る羽目になる。…俺は、布団が恋しい。 それでも、外にでたところでじゃあどこに行けばいいのか、という話で。すると、シノが少し悩んだ後に「うち来る?」と提案してきたのだ。「いくいく!!」とでも言えばいいのだろうか。 「シノが良いなら、特に行く場所もないし…行く?」 ノアが遠慮がちにそう聞くと、シノは少し表情が曇った。…一瞬のことだったが、どうしたんだろうか、皆は気付いたかな。シノはクロエのことをちらっと見ると先ほどより穏やかな色を見せ、その一連のシノの変化に俺はなんだかむずかゆくなった。 *** 馬車に揺られること、およそ三時間弱。着いたのは、海辺の少し大きめの建物だった。 「すげえ、」 別荘と聞くと豪華絢爛な建物をちょっとイメージしていたのだが、外装もそうだが海が見渡せるように建築された内装は、シンプルで品の良い家具で揃えられ壁には海が反射してまるで海の中にいるようだった。 「親に許可とかとらなくても、良かったのか?」 クロエがシノに控えめに聞くと、シノはクロエに向かって微笑んだ。 「うん。この別荘はほとんど俺が管理しているようなもんだから。」 「へえ」と反応したノアは壁に掛かった美しい絵に興味を示す。「この絵って…」ノアがシノに聞くと、 「それは、生前母さんが描いたものなんだ。」 その解答に、俺達は絵に目を向ける。 「…この描き方は有名なあの方の絵だね。数年前に亡くなったと聞いてはいたけど…」 ノアのその静かなつぶやきは床に落ちていく。青が一面に施されたその絵は、何種類もの青が幾度も幾度も重ねられて深い深い海底を連想させる。 「ま!そんな湿っぽくならないでよ。俺の母さんが死んだのは、何年も前だしさ!」 シノのそのあっけらかんとした様子に、俺はつい呆れてしまう。…こんな場面で空気読まずにはいられねえよ…。これは、悲しき日本人特有の、とは言えないはず。 「この別荘はさ、母さんが父さんに「海が見えるところに住みたい」って言って作られたんだよ。母さんは夫婦喧嘩をするたびに小さい俺を連れてこの別荘に家出をしたんだ。あの厳格なクソ親父も、母さんだけにはかなわなくておっきな花束抱えて、迎えに来ては母さんをなだめてた。」 そのシノの懐かしむような声音に、クロエがシノの傍により手首を掴む。 「そんな大事な場所に、俺達を連れてきてよかったのか?」 その質問に、シノは一瞬きょとんとした後、思いっきりいい笑顔で「もちろん」と答えた。 *** 別荘に滞在するのは三日間。セイが見送りに来てくれた(釘を刺しに来た)時に「絶対三日後には帰ってこい。さもなくば団長にチクってやるかんな」と、俺の日記をセイがひらひらと俺に見せつける。 なんで、お前がそれ持ってんだよ!!つうか人の日記の中身勝手に見てんじゃねー!! ほぼ半泣きで、馬車に乗り込んだ。確か一年前は、トーカの俺様具合に嫌気がさして、「トーカのバカ」とか、「トーカなんて足の小指タンスにぶつけろ」とか思いっきり悪口を書いてやった気がする。 …最近は「トーカはげろ」と書いたかもしれない。読まれたら殺される。 シノが、別荘を案内してくれてリビングでくつろいぐ。ノアが持ってきた紅茶とお菓子でまったりしてそれぞれの昔の話とか、今度の実践授業はどうするだとか話していた。すると、突然リビングの扉が開き、入ってきた人物を見てシノの顔は一切の色を無くした。 「…君たちが、シノのオトモダチかい?」 その人物の目元は実にシノとよく似ていた。

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