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アカトムラサキ
追って行った先に見えたものは、古めかしくこじんまりとした屋敷であり、薔薇の蔓が塀のように建物を囲い、その棘に触れたらあの可哀想な眠り姫のようになってしまいそうなくらいだ。
そしてその真ん中に高い鉄格子の扉があり、そこは待ち構えていたかのように扉が開いていて中からは異様な空気が漂っている。ここにあの男が来たのか?
庭に薔薇で形どられた像が佇んで、この屋敷に来たものを四方から監視するように配置されている。…この家の主人はどこまでも趣味が悪いようだ。
一歩踏み出せば吸い込んでいる空気が淀み、その場に悪意が根を這っている。
異様な空気感に、足が竦み心が帰りたいと弱音を吐いている。そもそもこの弱っちい俺が一人でこんなとこに来ても本当に解決できるのか…?
「…帰りたい」
足取りは軽く、そのまま口を開けて待っている庭へと進んでいく。スカートに隠した武器たちを服の上から確認して呼吸器から深く空気を吸い込んだ。
奥へと進んでいくと玄関である扉はまるで罠ですよと言わんばかりに開け広げている。
しかし、あの銃を持った男がたとえ罠であっても何者であるか確認しなければならない。これは第七師団の一員として、果たさねばならない。
彼が自警団の仲間なのか、違うのか。それとも罠か。どれであっても、面倒はもう嫌だ。今ケリをつけてやる。
内装は廃墟のように、さびれていてどうにも人が住んでいるようには見えない。
これがあのメレフ氏の住む本邸となのか。しかし、入った先にあるテーブルの上にはまだ淹れたばかりの紅茶があり、今ここに誰かがいたということは明白だ。
「紅茶…?」
余裕の無い様子の犯人が、ここで紅茶を淹れる訳が無い。つまり、
「君を待っていたよ」
声がした方へと顔を向ける。やはり、と言っていいのだろうか。俺はただ罠に嵌りにきただけだった。それでも。
「ザック・メレフ…」
太股のピストルと小刀をすぐに取り出せるように手を後ろへと組んだ。
「もう演技をするのはやめてしまったのかい?残念だよ」
その冷ややかな瞳の中に欲望が渦巻いている色が不気味だ。
「…あの男はどこに行ったんですか」
背中に隠した掌に指を食い込ませて正気を保つ。恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
「彼なら、君の後ろに」
背後から出てきたその両腕に押さえつけられる。
「…!?」
突然の拘束にジタバタと藻掻く。気配が無かった。どうして!自分が気配に敏感であるというのは元から分かっていてその自分のアンテナの精度の良さに何度助けられたか。
気配が無いというのは、どういうことか。
強引に後ろを向くと、その顔はやはり先ほどの犯人の男だ。
「気配が無く驚いたろう?あぁ、そんな怖い顔をしないでくれよ。君は美しいんだから。」
凄まじい力で拘束され、身動きがほとんど取れない。そもそも、俺はパワータイプと相性が悪いんだ。やめてくれ。このジタバタと悪あがきをするのも体力の無駄に思えてピタリとやめる。
ゆったりと近づいてくる男を見据える。紫の髪を靡かせ洗練された動きで片手に赤ワインをもっている姿は、見物である。それはこんな状態でなければ、という前提ではあるが。
「どういうことだ、メレフ・ザック。お前はなにを、どこまで知っている?」
「はて、なんのことかな。私はこの世界の果てまで全てを知っている。」
「世界の果て…?ハッ、それを知っているというのならアンタはただの傲慢ジジイだな」
金色の目を鈍く光らせているが、その目からは何を考えているかは読み取らせてくれはしなかった。
その手に持った赤ワインのグラスを、ゆっくりと時間を焦らすように逆さまにしていく。その動きのせいで、中身の液体までゆったり零れていくようだった。その零れたモノは、全て俺の頭から腹にかけて落とされて、白を基調としたドレスが赤と紫に染まっていった。
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