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葡萄酒の匂ひ

葡萄酒に濡れた身体が冷えて、体温が下がっていくのはわかる。 「赤に濡れる君も美しいね、思った通りだ…」 うっとりとさせてこちらを見つめて、両手で俺の顔を包み込んだ。その瞳は混沌に塗れていて背筋が凍る。 身体を拘束する腕は冷たく、その赤紫のシキの身体とは正反対に青黒い。 「…この男はお前の部下か何かか?」 怖くて溜まらなくて逸らしてしまいそうな自分を押さえつけて、相手の顔を睨め付ける。自分がこの場で弱者であると自覚させられることが一番恐怖だ。背筋を伸ばせ。顎を上げろ。 「部下…それは違うな…死にながら私に使える可哀想な遺体だよ」 顎に手をあてて真面目に答えた内容はふざけたもので、腹が立つ。 「お前は、ロクでなしだ…!どこまで人間を侮辱すれば気が済むんだ…!」 先程、俺を今こうして拘束している男の叫びを聞いて、あの時メレフは笑っていた。そう、笑みを浮かべていたのだ。あの異常な空間を作り出した張本人。 「いや、実際それは中身のない入れ物だよ。魂のないただよ屍だ。」 「…どういうことだ……?」 静まりかえった血の匂いがする部屋。 自分の残した疑問符が、後を引く。 この場で動く心臓の音が、自分の臓器(もの)だけのような気がしてならない。 「君のところにも、一人いるだろう。青い瞳をもつ入れ物が、」 青い瞳をもつ入れ物…? 「そんなことより、この状況を楽しまなくちゃ。ね?第七師団三番隊、シキくん?」 するりとスカートの下に手が入ってくる。太腿に装着されたナイフや小型銃が外されていく。脚を這う冷たい手が気持ち悪い。 どんなに上半身の拘束を解こうとしてもびくりともしない。これが本当に死体だというのか?あんなに、人間臭く発狂し、発砲までしていた男だぞ…? 背中に回された手がファスナーを下げていく。胸元に詰めていた物が床に落ち、ウィッグも取られる。 さすがにここまでされたら、俺でもわかる。コイツ、俺を慰み者にするつもりか。 それがわかった瞬間に、体温が下がっていく。 嫌だ、俺は男だ。 その下卑た笑いを浮かべた男を、初めて怖いと思った。 *** 「ぐっ…ふぅ…」 両腕を後ろから拘束され、上半身が前のめりになる。 シキの小さな口にメレフの肉棒が出入りしている。 「ははっ…いい眺めだなあ…噛み付こうだなんて考えないで、私は君をただの入れ物になんかしたくないんだ。」 後頭部にあたる銃口。「ただの入れ物」…?それは、つまり死体ということか。メレフの言うことが真実なのであれば、俺を後ろで拘束し、無言を貫くこの男は本当にただの人形なのだろうか。しかし、どう考えてもそんな非現実があるわけがないのだ。 自分が非現実的な存在であることすら忘れ、いつこの口の中を行き来する肉を噛み切り、死んでやろうかと機会を伺う。 「ん”…ふ、ぅ”……ぐっ、…」 上顎と舌を擦るよるに動き回る男根に時折喉奥を突かれて嘔吐く。溢れ出る先走り汁が不味く更に吐き気を催した。 口の周りが唾液で汚れ、開けっ放しの顎が痛い。 早く、早くしてくれ どうしようもない状況に、いるはずのない神に願う。いや、いるのか、この世界には。 「ふ…ぐ………っは、」 「そこまでだ犯罪者」 動きが止まる。 メレフの後ろには、トーカが銃口を構えて立っていた。咄嗟に後ろの男の足元に蹴りを入れ、銃を奪う。 両手で構え、メレフの額に照準を合わせた。 俺から見えるトーカから、感情は読み取れない。ただ、「うて」と動いた口だけは認識できた。 銃声とともに、血飛沫が上がる。 それはまるで、薔薇の花弁が空から降ってきたようだった。 血と精液を被ったシキを抱えて臭い薔薇の匂いがする屋敷を出る。震える手で屋敷の壁を殴った箇所に穴が空いた。 「片付けろ」 短く指示を出し、腕の中で目を閉じるシキの額にキスを落とした。

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