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悪魔の微笑み

昨日集会をした会議室にて、俺は今危機を迎えている。 朝掲示板に人だかりができていて、シキの時もこんな風に人だかりができてきたなと他人事のように眺めていたら、吃驚した。まさか、自分のこととは。 そのまま親衛隊の先輩隊員たちに押し込められるようにして連れてこられた会議室。 実際ここは、よく制裁に使われるような場所だ。人があまり来ない、校舎の奥に位置する教室。 「ちょっと!なんとか言いなさいよ!」 肩をどつかれ、どんどん壁まで押されていく。 なんとかってなんだよ…もうなんて言えばいいんだよ。 この学園ではほとんどの生徒が親衛隊に加入している場合が多い。俺は、この親衛隊隊長になっていずれは全ての親衛隊の総指揮を務める総隊長になるつもりだった。いや、なれるはずだったんだ。 …でも今のこの状態じゃ、制裁食らってぼろ雑巾のように捨てられて終わるだろう。 俺はシキの役に立ちたいのに。俺は、シキの友達だから。 クロエみたいに力が強い訳でもない、シノみたいに機械に詳しい訳でも無い。 王族とはいえ、今では自警団に迷惑をかける存在に成り下がっているだけではないか。俺は、この学園でシキの隣にいるために力を持ちたかった。 「制裁するな、なんてよくその口で言えたね!」 「最低!隊長の資格なんてない!」 耳が痛い。俺はどうしたらいい、シキ。 「ちょーっと失礼しますよーっと」 現れた男は少し小柄で糸目が印象的だ。二の腕のところにつけた腕章には『新聞部』と書かれていた。 「新聞部…?」 このタイミングで俺の側まで近づいてきた男を見つめる。 糸目から少し覗いた黒目に何故か血の気が引いた。にやり、と笑った口元を手で隠す動作を見せる男に、何者であるのかわからない恐怖心を抱いた。 「どーも、副会長親衛隊隊長殿、新聞部のハスと申します。以後お見知りおき、」 「どうも…」 「ちょっと!今取り込み中なの!新聞部は引っ込んでて!」 怒り心頭の先輩隊員が新聞部と名乗った男に凄む。その様子に、怖いなあ…なんて言ってみせるが、それも相手の怒りを煽る材料にしかならない。 「まあまあ、かわいらしいお顔が崩れていらっしゃいますよ。アスナ・グランデール」 「な、なんで僕の名前を…」 「新聞部たるもの、情報が武器ですから」 やはり、一見愛想を振りまくように笑うその姿も何か裏があるようで猜疑心ばかりが募る。 しかも、新聞部なんて敵であると断定しても差し障りないはずだ。 「まあそれはさておき、皆様にとって重要な情報を持ってきたんですよ、知りたいですよねぇ?きっと皆さんびーっくりすると思いますよ?」 「いや、だから今そんなことにかまってる暇はないって言っているでしょう!」 「きっと皆さん、知りたいと思いますよ」 その一言には妙な説得力があり、血気盛んになっていたこの場が静まり返る。黙り込んだ様子を見て、是と捉えたのかまたしてもニッコリと嬉しそうに口角を上げた。 「今朝は我々のミスで誤った情報を流してしまったんです」 「…誤った情報……?」 「今朝の一面を飾った『生徒会副会長 次のお相手は一年の姫…!?』ですが、副会長のキスの相手はここにいるノア・レベルではありません」 …一体、コイツは何を言っているんだ。自分でも吐き気がする程に嫌悪感を抱くが、この写真は真実だ。それだというのに、俺じゃないって一体どういうつもりだ。 「これは何者かによって偽造された写真であり、元の写真はこちらでした」 そう言って見せられた写真に映っていたのは… 「彼のクラスメイトである、シキという生徒です」 「なっ…!?それはちが」 咄嗟に、口を開いたがそれもハスと名乗る男に止められる。口元に人差し指を持っていき、『しーっ』という動作をする。 俺はなんでこいつの言う通り黙ったんだ。なぜ、声をあげろ。この男の嘘に騙されるな、と。この新聞部の男が言っているのは事実ではなく、今朝の新聞がそのまま事実である、と。 言わなきゃ…!言わなきゃいけないのに…! なんで、俺は迷っているんだ。 「…隊長じゃなかったの。みんな授業に戻るよ」 人が捌けていく教室。結局真実を俺は言えなかった。酸素が薄いこの空間に眩暈がする。 目の前の悪魔が微笑んで、心を掻き乱していく。 「…安心してくださいねぇ、人間誰しもが自分がかわいいのよ。お前も普通の人間だったってこと」 俺は、探しに来てくれたシキたちが声を掛けてくれるまで、その場から動くことができなかった。

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