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東の空が曇る
『謎の外部生率いるチーム連勝!?予期せぬ展開に一同驚愕!』
そんな見出しの学内記事に溜息を吐く。やはり、副会長のこともあって目立つことが増えてきてしまった。正体をバラしたくない自分にとってはあまり良いことではない。
「…というか、俺一学期に転入してきたし、もう外部生って言えなくない…?」
愚痴を零すと、セツカが鼻で笑う。
「ま、それだけこの学園において『外部生』っていうのがイレギュラーなんだよ」
「そういうもんかあ…?」
「そういうもんだ」
納得がいかない、そもそも一年生なのだから誰がトーナメント戦で勝ち上がろうがそんなに注目することか…?
「ま、それだけが狙いじゃないかもしれないがな」と、足を組み直して悠々と座るセツカ。言っている内容と態度が、矛盾しすぎだ。不穏なこと言いやがって。
「と、言うと?」
「お前もわかっていると思うが、最近の学内新聞の一面がお前の周囲ばかりだ。」
てっきり興味がないのか、と思っていたため知っていたことに驚いた。
「なんだその顔。それくらい、知ってるっつうの」
ムスッとした顔は兄には似ていない。こういうところが弟らしくてかわいいな、と思う。
「新聞部のあのハス、という男が何を目論んでいるのか…さっぱりなんだよなぁ」
「ハス?…あまり聞かない響きだな」
「多分東の語彙だよ、俺がいたところも…あー、トーカと一緒に旅した時にも同じような言葉を聞いた」
俺が言い直したことに不思議そうな顔をしながらも、どうやら他になにか気になることがあったようで、あの男の名前を再度口にした。
「いや、まさかな」
「なんだよ、気になるから言え」
「…最近東の国との貿易で揉めている、らしい。直接の関係はないとは思うがな…。何せ、揉めているのはうちとではない。ただ…」
「気になるんだな」
まあな、と中庭の床に落ちていくセツカの声。
「よし」
腰に力を入れ、ベンチから立ち上がる。
「気になることは、調べてみるしかない。それじゃあ、俺は行くから」
じゃあな、とだけ残して中庭をあとにする。
嫌な予感がして、仕方がない。後ろでセツカが何かを言っていたが気にする暇もない。この焦燥感をどうにかするべく、俺はダガーの内線機であるカフスに手をかけた。
*
「君の友人…?はて、なんのことやろうなあ…」
上がる口角を片手で隠す。いや、隠す気はほぼないのかもしれないが、この不自然な動作はこの男の癖なのかもしれない。
「…」
「まあ、あん親衛隊の隊長さんが大変そうやなあって思ったから、すこーし手助けしただけや」
「…手助け?」
「親衛隊の怒りの矛先が君に戻ってくるように、一言彼らに伝えただけやで」
つまり、ノアの目の前で自分に向いていた敵意を俺に向けさせた、というのか。この男は。
…俺自身が誰かに恨まれたりするのはどうだっていい。そんなことはもう慣れている。
でもきっとノアはそうは思わないだろう。自分の友達を生贄にして、自分は助かってしまったのだ、と。優しい彼は、自分を激しく責めるはずだ。ノアに対する親衛隊の制裁がマシになるというのはメリットになるが、ノアのあの表情を見ては手放しで良かったと言えるわけがない。
「…お前ッ」
「そないに怒らないでくださいよぅ、自分に被害がくるから怒ってはります?」
「…そんなことより、何が目的だ」
「目的…目的、ねえ…君とこうして話すっていう目的は達成したからなあ」
なんだそれ、そんなことのためにノアを傷つけ、学園を荒れさせているのか。この男は。
膝の上に置いた拳に力が入る。掌に爪が食い込み、つぷりと皮膚が破れる感覚。
「あっ!いいこと思いついたわ!
…今後はもう、嘘の情報は流さへん。その代わりに」
「…」
「今度の実戦授業では、絶対決勝までいってほしいなぁ」
「…そんな口で言えるほど、簡単なことじゃないと思うけど」
「ほんまに?君がちゃーんと頑張れば、無理な話やないと思うけどね」
一体こいつは俺の何を知っているというのか。
「そいじゃ、約束な!」
勝手に約束を結び付けておいて、もう帰れとでも言いたげな男を睨みつける。これ以上ここにいても良い情報はもらえなさそうだ。逆に自分が危ない気がする。
この時はまだ事の重大さに気付くことはできなかった。
扉の閉まったその部屋で、男がそれはそれは楽しそうに笑っていることも知らずに、頭の中はノアのことでいっぱいだったのだ。
「さて、楽しませてもらいましょか。ダガーの隊長さん」
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