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羅紗
「お前、なにやってんだ」
沈んでいく下半身が、ずぶりと音を立てて底なしの沼から上げられる。
「…ドーモ、ありがとうございます」
俺の片腕を浮かんで、マグロを釣り上げたように俺を掲げるトーカに一応のお礼を言う。
この男が何故ここにいるのか、なんて質問は無用だ。何故ならこの男は普段から神出鬼没なのである。
「ありゃ、一番来てほしくない人間が来てしもうたわ。撤退撤退」
そのまま闇に包まれ消えていったハスと『羅紗』と呼ばれたゾンビ達。
「エイノ!…この緊急時だってのに、お前なにしてって…あなたは自警団の…」
その場に駆け込んできた会長が、トーカの姿を見て驚愕している。ついでにマグロのように持たれている俺も視界に入ったのか、目が飛び出している。
敵襲がなかったように静まり返った場所に、いつもの空気が流れている。この学園にトーカがいるという違和感を除いて。
会長はトーカに向けて、一つ敬礼をした。
「私は軍事学校生徒会執行部会長、タクト・レクサと申します。貴方は自警団第七師団団長様とお見受けしますが…」
「だったらなんだ」
「…申し訳ありません、この学園の敷地内に不審な人形を確認いたしました。ただいま、生徒を講堂へと避難させていますので、増援を…」
珍しく他人の話に耳を傾けているトーカは俺のことを俵抱きにし、会長に背を向ける。
「その必要はない、俺が来た瞬間に消えた。お前はそこの野郎を連れて理事長室に来い」
顎で副会長を指し、俺を連れてさっさとその場から歩き出したトーカに俺は何も言えなかった。
会長は俺と目を合わせると少し顔を赤くしながらも、トーカに連れてこいと言われた副会長の方を見て困惑している。
確か、会長と副会長は幼馴染だったはずだ。
俺はトーカの背中を軽く叩く。自分で歩けるから降ろしてくれないだろうか。そもそも俵抱きって、腹にトーカの硬い肩が食い込んで苦しんだよ。
それでも、俺を支える腕を離すことはなく、何を考えているのかもわからない。
この角度からは表情は見えないし、それになんだかトーカの背中が落ち込んでいるように見えたのだ。
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