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弱くないけど、強くもない
ついに馬鹿になってしまったのか。相手が言っていることを頭で処理することができない。いや、処理したくないだけなのかもしれない。
「……もう一回言って。いやっぱり言わなくていい」
つまり、なんだ。
「アンタが俺の弟だったってことか…?」
「まあ正式には、産まれてくるはずだった、な」
「でもアンタの方が年は上だし、時系列的におかしくないですか」
「そんなこと私には知らんよ、でもそれは事実や。私は全部見とったんやから、間違いない。君の家族の元に生を授かったものの、産まれてこなかった私は、君のことずっと見とったんやで。可哀想な君の神様になりたかったんや」
ガラスが揺れる。ガラスを叩いた手がジンジンと痛む。
「俺の神になりたかった…?ふざけるな。俺は神に縋るほど、弱くない」
俺は、コイツのせいで死んでいった人間たちの命をまるごと背負えるほど、強くない。今にも、その重責に押しつぶされて吐き出してしまいそうだった。
「君は私の光や、東雲子規。君の今にも消えそうな灯を、私は守りたい」
「ここでの俺は第七師団三番隊隊長シキだ」
「どんなに名前で外側を取り繕うと、中身が変わるわけじゃあるまいに」
この場にこのまま留まっていたら、刀を抜いて相手を殺してしまいそうだった。俺は、猩々緋に背を向けて、ドアノブに手をかける。
これ以上、この男から聞け出せることはなさそうだ。
「自分のオリジンが知りたいなら、君の学校の中庭を探してみるとええ。賢い君ならすぐに見つけられるやろうな」
一度振り返って見た男の表情は、優しい微笑みだった。
*
「しー、今日もしーの部屋に言ってもいい?」
俺よりも身長が高い癖に、大きな犬のように俺に背後から覆いかぶさるアオは重い。重い、と一言文句を言うと、アオは体重をかけるのをやめたものの、密着具合はそこまで変わらない。
アオは俺があの悪夢から目を覚ましてから、俺の部屋に来て眠るようになった。しかも、俺のベッドで。
俺が狭いから、布団を敷いて寝ようとするといつのまにかアオは俺の布団に潜って眠っている。諦めのついた俺は、結局男二人で狭いベッドで眠っているのだ。
俺はひとつ溜息をついて、仕事をしていた手をとめてアオの方へと顔を向ける。
「別に毎日来なくてもいいんだぞ、お前も自分の部屋で寝た方が疲れとれるだろ」
「しーと一緒に寝た方が疲れ、とれるよ?それに、しーと一緒に寝れるんなんてなかなかないんだから、今たくさん俺と一緒に寝てほしい!」
実戦授業のあのお騒ぎから、どうやら学校の方もしばらく休校にしていたらしい。猩々緋が捕まったことで、今はもう通常通りのようだけれど、俺はまだ学校に戻っていない。
トーカに理由を聞いても、「とりあえずお前は仕事してろ」とだけしか返ってこないのだ。いや、学校に行ってたのも仕事なんですけれども!?という文句は飲み込んだけれど。
風の噂で、副会長は今まで通り副会長として生徒会業務に励んでいるらしい。理事長の配慮により退学にならなかったらしく、それを聞いて安心した。
彼の兄でもある第二師団ソラ団長は、意識が戻り現在はリハビリに励んでいるという。
「しー?しーは多分また学校の任務に戻るよ」
「いや戻るだろうけど、なんでお前がそれを知ってるんだ…?」
もしかしてアオは、俺の顔が浮かないのは学校に戻れていないからだとでも思っているのだろうか。
「…団長は本当はしーを学校に行かせたくないんだけど、やっぱり上の命令には団長もさすがに逆らえないからね。多分今回のことで、団長は王族に貸しを作っちゃったから、余計にね」
どこでその情報を仕入れてくるんだ、とツッコミたくなるが、いつもはしない真面目な表情をされてしまえば何も言えなかった。
「これは個人的推測だけどセツカ・オウシュウのお目付け役なんて本来の目的じゃない。今回のように何かがあった時、早急に対処できるようにしたいんだろう」
「…上の考えることはわからないけど、しーがまた任務に行っちゃうまで一緒に寝させてほしい」
大型犬が耳を垂らしているように見える…。やはり、俺はアオに甘いのだろうか。
「寝るときあんま抱き着くなよ」
「えー」
「えーじゃない」
だって、しーの抱き心地良いんだもん!と言っているアオを無視して、俺は目の前の仕事にとりかかった。
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