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静かな懺悔

 生徒会室に微妙な空気が流れる。いつまでも、部屋に背を向けている訳には行かず、ぎこちない動きで回れ右をする。  バ会長と目が合うと、視線を逸らされた。正直この男と二人っていい思い出ないし、微妙な空気になるから嫌なんだよ…!メレフ家主催のパーティーを思い出す。  メレフ家は、東倭国と秘密裏に羅紗の製造に携わったとし、共謀罪に問われ今はお縄についているという。現王族からすれば、目障りな反王族派の連中を大義名分の下排除することができて、良いこと尽くめなのだろう。国王が今回の結果を見越して、トーカに東倭国侵入を許可したとするならば、恐ろしい。 「確かに見たことがある顔だな」 「そりゃアンタとは何度か会ったことがありますから、逆によくバレなかったなと思ってますよ」 さっきは目を逸らした癖に、今度はまじまじと俺の平凡顔を見つめるから、今度は俺から目を逸らす。途端に負けたような気分になるのだから、腹が立つ。 「俺は生まれてこのかた、負けを知らなかった」 自慢か?コノヤロウ  表情を変えることもなく、ただそれが当たり前であるかのように言った男に、殺意を覚える。 「へえ?そりゃあ良かったですね」 「…いや、俺が人生で初めて負けを覚えたのは、あの練習試合だ」 「アンタの勝ち組に人生の唯一の汚点になったわけですね?そりゃ良かった」 嫌味で返すと少し悲しそうな顔をする会長に若干の罪悪感を覚える。 「……汚点なんかじゃない、俺は奢りに奢っていたんだ。…あのまま、高い鼻をへし折られないでいたらと思うとぞっとする」 今でも十分高い気がするが、さすがにそれは空気を読んでいうのをやめた。 「負けた相手がお前で良かった。あの時、圧倒的な実力差で地面に追いやられたのが良かった」 「……アンタもかなり強かったですよ、びっくりしました。この国が誇る軍事学校の代表はこんなに強いのかと、正直ビビりましたもん」  俺は世にいうチョロい人間なのだろうか。随分、素直な男に「案外良い奴じゃねーか」と思っている自分がいる。 「…俺は、お前が来るまでこの生徒会をしっかりやろうと思っていなかった。…山のような仕事も、親衛隊も全部面倒だと思っていた」 役員たちの机の上には大量の書類が、山のように積まれている。これを学生が捌いているのだ、と思うと教師仕事しろ…と思った。 「俺は、銃の腕っぷしと人気投票で生徒会長に選ばれた。別にやりたいわけじゃないのに、なんでこんなことやらなきゃならねえんだって思っていたよ。 …でもお前に負けてお前に見下ろされた時、自分を恥ずかしく思ったんだ。言い訳ばかりして、生徒会の仕事もおざなりで、訓練もサボってさ…」 あの俺様バ会長とは思えない程、静かな懺悔に思わず耳を傾ける。 「…アンタはちゃんと生徒会長ですよ、実戦授業の急襲にだってお前ら生徒会はよくやってくれた。自警団の人間として感謝する」 眉間に皺を寄せた会長に、俺は思わず目尻を下げて笑った。 「…もし、俺が自分に胸を張って『生徒会長』だってお前の前で言えたら」 次の言葉は、酷く俺の心に突き刺さる。真っ直ぐな目が、俺を貫いて裸にする。 「お前に好きだ、って言ってもいいかな」  生徒会室の扉をゆっくりと閉める。 「……立ち聞きなんて、趣味が悪いな。セツカ」 俺よりも身長の高い相手を睨みつけても、やはりそれほど威力はないようでセツカはヘラッと笑ってみせた。こういうところは、似ていない。  教室に向かって長い廊下を歩き出すと、セツカも俺の横について歩き始めた。俺の歩調に合わせて歩くもんだから、腹がたって早歩きで歩く。こっちは息が上がりそうなのに、余裕そうに隣を歩く男をもう一度睨んだ。 「いいのか?あんな簡単に『いいよ』て言ってよ」 「『いいよ』なんて言っていない。伝える分には相手の自由だ、と言ったんだ」 「一緒じゃねえか。お前は酷な男だぜ?相手に期待させるだけさせて、どうせフるんだろ?」  そう聞かれてしまえばなにも応えられなかった。 「…お前なあ、そういうのはしっかりしないと自分の身を滅ぼすぞ?」 大きな溜息をついたセツカの踵にケリを入れてやる。「いってええ」と言ってその場で歩くのをやめた男を置いて、俺はさっさと教室へと向かう。背後に視線を感じたが、全部無視をする。  うるせえ、俺が一番わかってるよ

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