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男とはいつまで経っても正直になれない生き物

 決着が着くまで大分時間かかった戦争だった。自陣営へと久方ぶりに戻るとその子供は俺の帰りを待っていた。 「先に王都の方に送れと言っただろうが」 側にいた第六師団の隊員を睨みつけると、「すっすみません…」と謝罪ばかりで話しにならない。 「俺がオッサンを待つって言った」 何も知らなそうな顔をして話す子供。周りの隊員が「オッサン…」と顔を青くしてこちらを見ている。 「…さっさと安全な場所に行きゃいいだろうが。わざわざこんな毎秒毎秒人間が死んでいく場所にいる必要ねえだろう」 「オッサンが死んだら、俺生きる場所無いし」 そう言った子供は、助けたあの瞬間のような目をせず澱みを見せる。 「お前俺が死ぬと思ってここで待ってたのか?」 頷くことも、首を振ることもせずに俺を真っ直ぐ見つめる子供は、小さい。その首を隠すような黒い不思議な服から覗く白い首も、細い手首も触れてしまえば簡単に折れてしまいそうだった。  勢いよく、子供の首を掴んで壁に押し付ける。苦しそうな表情を見せ、暴れ始める。片手で掴めてしまう子供は軽くて仕方がない。俺の手の甲に爪をたてて、なんとかして俺の手から逃げようとしている。  俺は掴んでいた細い首から手を放した。その瞬間、子供は床に崩れ落ち、涙いっぱいの目でこちらを睨みつけた。今にも零れ落ちそうな目に、高揚感を抱く。 「生きてえならどんな手ぇ使ってでも生き抜いてみせろ。手を抜くなくんじゃねえぞ。お前がどこの誰だかは知らねえがァ、ここはそんな甘い場所じゃねえぞ」 自分の生死を他人に委ねる奴は、いつも誰かのせいにして生きている。そんな人間になって欲しくないだなんて高尚なことを考えていたわけじゃない。ただ、腹がたったのだ。 「あとな、俺はオッサンじゃねえ」 そう言うと、咳込みながらもまだこちらを睨みつけてくる子供が言った。 「アンタの名前知らないし」  子供は俺とともに馬車に乗り、王都へと帰った。 * 「団長、どうしたんスか。人一人殺ってきたような顔してますけど」 このツヅラという男は、昔から俺の下で働く優秀な人間だ。最近はふてぶてしくなっちまっだが、まあ使える男だ。 「あ!わかりましたよ~」と寄ってきたツヅラを睨むと少し怯んで距離を置いたが、まだ話し続けるようだ。しぶとく成長しやがって。 「ガキンチョのことですよね~?ビビられてロクに話を聞いてもらえないとか?」 眉間にぐっと皺が寄る。ツヅラは「図星っすか…」と引いた声を出す。この男、土に埋めてやろうか。 「ま、まあそりゃそうっすよ。初対面で首絞めてくる大人とか超怖いですもんね」 「…ツヅラ、今日中に俺の机の上にある書類全部やっとけよ」  後ろで騒いでいるツヅラを放り、目的の場所へと足を向ける。  個人で練習できるスペースがある訓練室が自警団にはいくつもある。『R39』と書かれた部屋の扉を開ける。  するとあの子供が、第一師団団長のマトーが訓練をしていた。 「あら、トーカまた来たの?第七師団団長様も暇なのね」 「うるせえ女だな、見に来ちゃ悪いかよ」 「悪いわよ、アンタ怖いもの。シキが怖がるわ」 怖がるというわりには、この女も子供もふてぶてしいものだ。子供は初めて会った日に来ていた真っ黒の動きづらそうな服ではなく、自警団の訓練用服を着ている。  額に浮かんだ汗が、頬を伝って首まで落ちていく。 「ちょっとホント邪魔するなら帰ってほしいんだけど。こっちはこの原石をどうキラキラの宝石にするか考えてるんだから」  マトーがうるさくて仕方がないため、部屋の端のほうで再開した二人の訓練をじっと見つめる。  自警団の人間は基本的に支給された剣で戦闘を行う。遠距離向きの銃や奇妙な武器を使うやつもいるが、ほとんどが手に馴染んだ剣を使うのだ。第一師団という自警団の花形の団長を務めるこの女は、自警団一の剣の使い手で最強と言われている。  この年でマトーに食らいつく子供は、重い剣を使いづらそうにしている。風のように動く子供は速度で勝負した方が、きっとこれからどんどん力をつけていくだろう。  俺は訓練に集中している二人に声を掛けることもせず、訓練室から出る。  あの子供にどんな武器を持たせるか楽しみになっている自分がいることを否定できなかった。

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