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缶チューハイはほとんどジュース
『僕はその現象をこう考えたのだよ。彼は『無意識のうちに異世界の自分と入れ替わってしまっていた』。入れ替わりのタイミングがいつかは不明だが、現在の彼の周囲に異変があるわけではないからね。どういう形かはわからないが、彼は異世界の自分の記憶を引き継いだ状態で『無意識』に入れ替わりを果たしてしまった』
先生の言葉を思い出す。
つまりは、異世界にいる自分と入れ替わってしまったということだろうか。
「おい東雲、いつまで入ってんだ? まさか溺れてるんじゃねえだろうな」
風呂に時計はないが、久賀が声をかけてくるほど長風呂しているのかもしれない。
「わり、すぐ出る」
救急車を呼ばれては困る。すぐに浴室から出て身体を拭いた。
世界の理も、なにもかもわからない。けれど、今もこうして久賀と普通に接しているということが俺がここに存在しているという証明だった。
俺は、本当に元の世界に戻ってきたのだろうか。単純に元の世界に戻ってきたというには、年齢に齟齬が生じている。首を傾げることしかできない状況に思わず、顔を顰めた。
洗面所から出ると、久賀がテレビをつけて酒を飲んでいる。
「…もしかして、わざわざ今日は飲まないでくれてた?」
久賀がそこまで優しい人間だとは思わなかった。迎えが必要になることを見越していたのだろうか。俺のことを、ちらりと見てまたすぐにテレビに視線を戻す。
「前にお前があの先輩といるのを見かけた時、嫌な予感がしてな」
久賀がそう思う程、この世界の東雲子規はあの先輩と密室な関係にあったということだろうか。先輩の言葉を思い出し、また吐きそうになる。
その様子を見て、久賀が顔を顰めた。
俺はこの世界の俺の記憶を完璧に引き継いでいるわけではないらしい。俺には、先輩との関係を思い出すことはできなかった。
「明日からバイトどうすんだ」
黙り込んだ俺に、久賀は言う。
明日(というより日付が変わっているため今日だが)もシフトは当然のように入っており、いつものように先輩とシフトが被っている。自分がこの世界の人間ではないとわかっているのに、学費のこと、そしてこの世界での日常を考えている自分に驚いた。
きっと、大丈夫。そんな不確定な自信が湧いてきた。
「…今のバイトはやめるよ。店長にも申し訳ないけど、すぐに連絡するわ」
「そうか」
久賀が座るソファの下に腰を下ろして、久賀が飲んでいたハイボールを掻っ攫う。
「…まずい」
あの世界の酒は美味かった。成人という概念はあるものの、酒の規制などなかったためツヅラさんにしこたま飲まされたことを思い出し、ひとつひとつ忘れていたものを取り戻していく。
「お前の分もあるから、俺の飲むなアホ」
頭をはたかれる。
久賀はソファから立ち上がると、冷蔵庫から俺用に買っていたのだろう酒を持ってきてくれた。
「お前これほぼジュースじゃねえか」
「うっせ、注文が多いやつめ」
コマーシャルでよく流れるアルコール度数が低い缶チューハイだった。
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