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非日常も日常のうち
「子規早くしろー!」
「今行く」
明らかにはしゃいでいる久我に苦笑いをする。目の前には真っ青な海が広がっている。もっとも今は海に入れるような季節ではない。
久我が運転する車に乗ってやってきたのは、海の近くにある久我の親が所持する別荘だと聞いた。
「先生、荷物持ちますよ」
「ありがとう」
「久我、お前も手伝えよ」
既に別荘の玄関を開けようとしている久我を睨みつけるも、子供のようにはしゃぐ久我には効果はないようだ。先生はそんな様子の久我を見て、愛おしそうに見ているのだから、俺は溜息をつくしかなかった。
「子規君も、あれくらいはしゃいだっていいのに」
本来の年齢は俺の方が5歳も下だというのに、落ち着きのない奴だ。先生に「勘弁してください」と笑って返すと、先生も視線を合わせて微笑んでくれた。
久我家の別荘は、二階建てのこじんまりとした可愛らしい建物だった。しかし中に置いてある家具たちは、シンプルながらも質の良さそうなもので、持ち主のセンスの良さが窺える。
今日から一週間、俺たち三人はプチ旅行をすることになった。と、言うのも、あの日俺の頭突きで沈んだ先輩に付き纏われるようになってしまったのだ。
実家に被害が出る前にどうにかしたい、と久我に相談したところ、楽観的なコイツからでてきたのは「しばらく俺んところ来る?」である。テストも終わり、長期休みに入ろうとしていたため、丁度側にいた先生も巻き込んで都心から少し離れた地で息抜きをしようということになったのだ。
一週間という短い期間ではあるが、助かるというのが本音だ。ただこのバカップルとも言える二人の側に俺がいていいのかという疑問が残り申し訳ない気もするが、誘ってきたのは久賀なのだからという気持ちだ。
「海とか久しぶりだわー!」
と、久我は未だ大きな窓をから海を眺めている。
「いやここお前ん家だろ、なんでお前が一番騒いでるんだよ」
そう突っ込むと、久賀はガキ臭い笑みを浮かべて「だって楽しいもんよ!」と答えた。
「まあお前の身が危ないっているのはわかってるけどよ、楽しまなきゃ損じゃねえか」
いや、お前自分が楽しいだけだろ、とさらにツッコミたくなったが、久賀の言う事も一理ある。折角、ここに来たのだから楽しまなくてはならない。
非日常に出掛けているということに気分が高揚するが、実際俺に日常なんて言えるものがあるのかわからなくなってきた。でも、そんな難しいことを考えたところで、元の世界に帰れるという保障はない。
俺にとっての「元の世界」が今いる場所ではないのか、でも俺が今「帰りたい」と思ったのは…
「お前の悪い癖だぜ、それ。考えすぎなんだよ」
と言って、皺が寄った眉間をグリグリとしてきた久賀に痛い、と苦情を入れる。
「リン君はもっと考えた方がいいと思うけどね」
後ろを振り返ると、先生がふわりと笑っている。
俺にわかるのは、今回のトリップは俺と中身が入れ替わった誰かがいるということ。俺が前回トリップした時は、記憶の引継ぎなんてなかったし、そもそもトリップした先には「シキ」という人物はいなかったはずだ。もしそう仮定すると、この身体の持ち主である「東雲子規」はシビュラが存在する世界の「シキ」、俺の身体にいることになる。…ご愁傷様です、といった感じだ。
あの時はそんなことを考える余裕はなかったけれど、こうして考えてみればこの「異世界トリップ」というものにセオリーなんてないのかもしれない。結局答えが見つからないのだ。
俺の頭に抱えるこの二つの記憶が事実だとするならば、この世界で過ごしていた記憶の本当の持ち主がいるはずだ。つまりは入れ替わりしたということは、決定であるはずで。
それでも信じたくない自分がいる。
この久賀に対して感じる信頼も、友情も、先生に対しての積年の想いがすべて俺のものではないということが苦しかった。
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