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内緒話

「ねえ、子規君。君は、本当に『東雲子規』かい?」  風呂に入ったばかりだというのに、嫌な汗が垂れる。わかっているのだ。自分がこの身体の本来の持ち主ではないということなんて。ここ最近考えることはそればかりで、この世界の自分に嫉妬までしそうになったほどだ。わかっている。それでも、こうして先生に面と向かって言われてしまうと、酷い眩暈に襲われた。 「…先生、俺は、シキです」 「……そうか、君はもう」 そこで言葉を詰まらせた先生は青く光る月光から顔を背けるように、俯いた。 「…僕がパラレルワールドがあると断言できる根拠、の話をしようか」 そう言い出したのは、月が雲に隠れ始めた頃だった。照らされることがなくなった俺達にとって、秘密話をするには絶好の機会だった。 「そうだな、…今からする話は、とある国の王として生まれた人間の話だよ」 まるで懐かしむように言葉を紡ぎ始めた先生は、隠れてしまった月に微笑むように笑った。 「その国は美しい国だった。四季があり、自然と共存して生きる人間たち。良い国だよ。そして、彼は期待もされていた。優秀だったからね、次期国王は優秀でこの国はもっと繁栄するね、なんて言って、希望の光だとも言ったよ。その国の周りには大きな四つのライバル国があったからね、争いが起こらないように、穏やかに、そういったことから逃れてきた国だった。  けれど、希望の光と呼ばれた皇子には、どうしても会いたい人がいたんだよ。…もう覚えてはいないけれど、前世でともに幸せになれなかった男だ。強く願ったよ、『今世で彼と再び出会って、一緒になりたい』とね。それでも、会うことができなかったんだ。  そんな皇子に『転機』が訪れた。自国で受け継がれている伝説が、他国で見つかったとい知らせが入ったんだ。伝説なんて、そんな希望溢れるような綺麗なものではなかったけれど、彼はそれに縋ったんだ。そしてその国に足を運んで、見つけてしまった。その「伝説」を」 「『世界は五つの国にわけられた 東には美しい四つの顔を 西には情熱を 南には自然との調和を 北には生命の息吹を そして その四つの国の軸が合わさる血を 神の住まう国としよう 世界の均衡が 崩れる其時 その地の崩壊が 約束される』…?」  俺は、知っている。先生が「伝説」と呼ぶ『呪い』のことを。  信じられない、と呟いた俺の言葉に、先生は深く頷いた。 「彼は、気が付けばこの世界に来てしまった。それも、現役の大学生だ。それでも、彼にとってなにも支障はなかった。引き継がれた記憶があったからね、この世界の自分の交友関係も理解できていたし、この世界で必要な知識もわかっていた。  なにより、彼が伝説に願った、会いたい人はこの世界にいる、と強くそう思った。」  再び、月が雲から顔を出した。先生の顔が月光に照らされて、表情をしっかりと見ることができる。  その表情は、とても後悔しているようには見えず、幸せそうだった。 「僕の本当の名前は、『猩々緋』。東倭国の次期皇子だよ」

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