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第10話

 ハワードがミラーの死を偽造した理由はちょっとしたアクシデントがきっかけだった。端的に言えば、犯行現場を見られたからである。ミラーを放置して外出した際、ハワードはふとミラーを連れ去った現場に立ち寄った。拉致したときにミラーの血がジェニファーとジャックの墓石に付着したまま残っているのではないかと不安になったのだ。  予感は的中した。あの日降っていた雨はハワードの味方ではなかった。ミラーの血は完全に洗い流されてはおらず、そればかりか人の手で拭ったような痕跡が残されていたのだ。立ち尽くすハワードに背後から不気味な声がかけられた。みすぼらしい容姿の男は『金を渡せばここで起きたことは黙っていてやる』とハワードを脅した。面倒ごとに巻きこまれたくないハワードは黙ってドル札を何枚か握らせたが、男は帰ろうとしなかった。男はホームレスで安住できる場所を探していると言った。ハワードが立ち去ろうとすると男は警察へ通報するとわめいた。誰が見ても不審な男の相手を彼らがするとは思えないが、万が一調べられたら終わりだ。ハワードはその場で男を撃ち殺し、死体を隠して立ち去った。衝動的だった。悪人以外を射殺したのは初めてだった。  ミラーと関わってから自分をコントロールできなくなっていることをハワードは認めざるをえなかった。  自宅へ戻ってミラーの相手をしている間は男の存在を忘れることができたが、それは一時的なものに過ぎなかった。ミラーがマイキーになってしまったあと、ハワードはたまらず地下室を出て、バスルームへ向かった。冷たい水で顔を洗い、鏡を見た。そこにいたのは復讐を願う父親の顔ではなく、冷酷な死刑執行人の顔でもなく、罪悪感に押しつぶれそうなクリス・ハワードという男の顔であった。  どうしたんだクリス・ハワード。お前はジェニーとジャックが殺されたあの日から、J・ミラーへの復讐を考えてきた男だろう? 何を恐れている。加害者であるミラーに悲劇的な過去があろうとも、彼の犯行を肯定する要因にならないとはっきりわかっているだろう。それなのになぜおまえは悩んでいる。殺してしまえばあの男はそれきりである。苦しみを背負うのは生き残ったお前だけだ。それならミラーを生かして死ぬまで苦しませたほうがいい。  ハワードは頭を振った。違う。ハワードは脳内にささやく声を追い払うべく、そのままシャワーを浴びた。下肢のたかぶりに気づいたのはこのときだった。  ハワードは最初信じられないような目でおのれのペニスを見た。何もしていないはずなのに、それは勃起し、どくどくと脈打っていたのだ。  ハワードはシャワーの水温を下げ、全身の熱を冷まそうとした。駄目だとわかりながらも自身に手をそえ、上下に扱いた。  ついさっきまで仇敵であるミラーの中に入っていたものである。それを思い出した瞬間、すさまじい嫌悪感と共に形容しがたい高揚感に包まれた。  ハワードは神を呪った。妻子を殺した男をレイプして興奮した自分自身を恥じた。これではミラーの父親と同じだ。苦しまぎれにハワードはバスルームの壁を殴った。自分を落ち着かせるのに数分の時を要した。  やがてハワードはすべてを丸くおさめる方法を思いついた。それは刑事の身としては許されない行為だったが、ハワードには時間がなかった。  手始めにハワードは切れ味のいいナイフとペンチを探した。ミラーに残虐な行為を働くのは、これで最後にしようと心に誓いながら。

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