11 / 12
第11話
「パパ……」
ミラーが目を覚ました。彼の死を偽装してから数日が経っても、ハワードはミラーがいつ幼児退行から抜け出して冷酷な殺人鬼に戻るのではないかと気が気でなかった。ミラーは隣に座るハワードに手を伸ばして言った。「ぼくの指はどこにいったの?」
ハワードは返答に困った。ミラーの幼少期に身についた自己防衛なのかは定かではないが、マイキーになってからのミラーは一晩経つとその日の記憶をなくしてしまうようだった。ハワードを〝パパ〟と呼び、彼を慕うそぶりを見せた。彼の左手の親指と奥歯をハワードは奪った。その事実すらミラーは忘れてしまった。
ハワードの妻子を殺したことも、彼がこの場所に囚われている理由も、今のミラーは何ひとつ覚えていないのだ。
しかし、このままミラーを解放することは不可能に思えた。
もしも今の彼が演技だったら。ここから逃げ出すために嘘をついていたら。自由を手にし、これからも殺人を続けるのではないか。そしていつかハワード自身を殺しに来るのではないか。
さまざまな憶測がハワードを縛る。不安に悩まされるくらいならば、ミラーを永久に繋いでおくほうが世の中のためだと思った。
「パパ、指がいたいよ」
ガーゼと包帯をきつく巻いた左手を持ち上げミラーは言った。「ぼくの指はどこにいったの?」
「……マイキーは病気だったんだ」
ハワードは差し出されたミラーの左手を取り、親指のつけ根にキスをした。ミラーの身体がびくりと揺れた。
「指を切らないと悪いものが全身に転移してしまう。わかるね」
「どうしてぼくは病気になったの?」
「全部〝パパ〟のせいなんだ。マイキーは何も悪くない」
「パパのせい?」
ハワードは嘘を織り交ぜながら真実を告げた。「そう、パパのせい」
ミラーは首をかしげたが、それ以上追求することはなかった。
「来なさい、マイキー」
ハワードはマットレスに横になり、ミラーを呼んだ。
ミラーは笑顔になってハワードへ近づくが、鎖が足りず、首をのけぞらせた。ハワードは彼に近寄りその隙間を埋めた。ミラーを両腕に閉じこめ、頭のてっぺんに口づけた。
――お前は何をやっているんだ、ハワード。この男はお前の妻子の命を奪った殺人鬼だぞ。
自らを戒める声が響いたが、ハワードはミラーをなでる手を止めることができなかった。ハワードの右手はミラーの背を伝い、彼のすぼまりにたどり着く。
年老いたミラーは筋肉が落ち骨と皮が目立ち抱き心地は最悪だったが、紳士的な風貌の奥に秘められた感度は抜群だった。ハワードのものを受け入れるそこは赤く腫れあがっていた。
ミラーの年齢を考慮して、今日は指を挿入するだけにとどめた。ハワードはミラーの肩を抱きながら、右手の中指でアナルをうがつと、彼は快感を逃すようにハワードのシャツをつかんだ。彼の下肢を見ると、弱々しいものの確かに反応していた。
「パパ……っ」
ハワードはミラーの顔を見ないように強く抱きこみ、彼の精液が自分を汚すまで責め立てた。ミラーが射精してもハワードは彼を離すことができなかった。
ミラーの何がハワードを本気にさせるのか、ハワード自身にもわからない。
「苦しいよ」
胸に抱いたミラーがハワードをたしなめた。いつの間にか強い力で押さえつけていたらしい。「すまない」とだけわびて、ハワードは力をゆるめた。
「……パパはぼくを殺すの?」
ハワードのシャツをつかんだまま、ミラーは唐突に核心にせまる質問を浴びせた。その手は震えていた。今のミラーにとってハワードは安心できる存在であると同時に、反応次第では彼に危害を加える人間でもあった。ハワードは優しい声で言った。「殺さないよ」
「ぼくはいい子?」
「いい子だよ。とっても、いい子だ」
ハワードはミラーのまぶたに唇を落とし、彼の身体を清め始めた。ミラーはこの行為が終わることをひどく嫌った。
「やだ、パパ。やめないで」
「いい子はもう寝る時間だ」
ハワードはミラーの耳元でささやく。「おやすみ、マイケル」
ともだちにシェアしよう!