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第2話
ランニングを終えた航は、軽くシャワーを浴び素早く制服に着替えて家を出た。玄関の門を出たところで、向かいに住むお婆さんと目が合った。
「航くん、おはよう。今日も走って来たの?」
航が生まれた時から航のことを知っている彼女は、つい先月に孫が生まれたらしい。孫の写真を見ている時と同じ柔らかい彼女の笑みに、航はつられた。
「はい。でも昼から雨らしくて、明日まで続かなきゃいいんですけど」
そこで会話を航は手を振ってその場を後にした。そろそろ『あいつ』を起こさなければ、遅刻が確実になってしまうからだ。
こうして『あいつ』を起こすのは、もはや航にとって日課になっている。高校に入ってからこの生活を続けて一年以上。その間、『あいつ』が自分で起きたことは一度もなかった。
社 穂高。
航の最も親しい友人で、とにかく朝に弱い。寝起きが悪いとかではなく、そもそも起きない。
穂高の両親は仕事で忙しく、そんな穂高の面倒を見るのが航の役目だった。最初の頃は穂高を起こすこに苦労したけれど、慣れた今では手加減などしない。起こさなければ困るのは自分だ。
もし航が役目を放棄したら、きっと穂高は遅刻のしすぎで進級すら危ないだろう。
けれど航は、手のかかる穂高の面倒を見るのが好きだった。
「お邪魔しまーす」
社家に何百回と訪れているとしても、声をかけることは忘れない。
預かっている合鍵を使って家の中へ入れば、まず迎え入れてくれるのは季節の花々。母親が生け花の講師をしているからか、社家は花で溢れている。
堂々と家の中に入りキッチンに立つ家政婦に声をかけた航は、目的の部屋へと向かった。重厚なドアを律儀にノックし、声をかける。
「穂高。起きてるかー?」
もちろん返ってこない返事に航はため息を一つ落とし、ドアノブをひねる。目の前のドアを開けると、真っ先に見えるのは大きな窓に掛けられたカーテンだ。
薄いグレーの布地越しに降り注ぐ朝日の下では、目的の人物がすよすよと寝息を立てていた。
「穂高、起きろよ。ほーだーかーくーん」
先ほどより大きな声で呼び掛けても、ぴくりとも動かない塊。掛け布団の中に潜って眠っている穂高は、夢の中から戻ってくる気配がない。
相変わらず寝起きの悪い友人に近づいた航は、布団から僅かに出ている穂高の顔を覗き見た。
しっかりと伏せられた瞼。その縁を彩る睫毛が、寝息に合わせて規則正しく揺れる。両目の間を通る鼻筋は高く、その下にある唇は薄い。
色白な穂高の肌に似合う色素の薄い唇。それが奏でる自分の名前の音を航は気に入っていた。
「穂高、朝だぞ」
優しく声を掛けたぐらいでは穂高が起きないと知っている航は、肩を揺すって起きるよう促す。するとそのタイミングで寝返りをうち、穂高の肩までが外に出た。
運動全般が苦手な穂高らしく、あまり日に焼けていない肌。それが見えるということは、また服を着ずに寝たらしい。
「また服着てないし。お前、俺がアルファだったら大変なことになってるからな」
そう言う航の顔は険しい。
この世界には男女の性別の他に、第二の性と呼ばれるものが存在する。
絶対的な力をもち、才能に溢れたアルファ。大多数を占める中間層のベータ。それから下位に位置づけられるオメガ。
アルファはエリートと呼ばれる人種が多く、社会で上に立つ人物はほぼアルファで構成されている。その下に一般人と呼ばれるベータが続く。
問題は、それのまた下だ。
ごく少数しか存在しないオメガは、なにかと冷遇される立場にある。それは身体的に劣っていたり、他の性に比べて能力が低かったりといった理由の他に、大きな要因があった。
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