3 / 28
第3話
『ヒート』
別名、発情期とも呼ばれる現象は、オメガにしか起こらない。それはオメガにとって避けて通れない道だ。自分よりも上位の者の遺伝子を残す役割を、オメガは担っている。
とにかく見境なく欲情し、そこらじゅうにフェロモンをまき散らしては誘惑する。そのため、オメガは低俗な存在として扱わることが多い。
自分がオメガだということを喜ぶ者は少ない。オメガは見下され、嘲笑われる。オメガを慰み者として扱う者も多く、平等なんてものはどこにもない。それが紛れもない現実だ。
けれど航は、自分がオメガだということを恥ずかしいと思わなかった。ただの体質の違いで全てを悲観するほど、航は繊細ではない。
誰にどう思われようが、自分は自分らしく生きていく。他人なんて関係ない。そんな航の考え方が変化したのは、今から数年前。穂高と出会った時だった。
突如舞い降りた天使が穂高だった。
初めて目があった時の衝撃を、きっと忘れることはできないだろう。
そんな天使と見間違った男は、まだ夢から醒める気配がない。素肌の肩を晒し、無防備なその姿に航の眉間に皺が深くなる。
こんなにも綺麗で、こんなにも魅力的なくせに。
オメガの特性をそのまま形にしたかのような、運動も勉強も苦手な穂高を、航がどれだけ苦労して守っているか……思い出すだけで涙が出そうになった航は、思わず顔を手で覆った。
何かと狙われやすい穂高を守る為、航は自らをアルファ性だと偽ることを選んだ。典型的なアルファになるべく血の滲む努力を重ね、誰からも文句を言われない男になった。
他のアルファに比べて若干体格は劣るものの、今の航はオメガの片鱗すら見せない。
それも全て穂高の為だ。自分が傍にいれば誰も穂高に手を出さないし、効率よく穂高を守れる。
アルファになろうと決めた日から航がしてきた努力と苦労は、涙なしには語れない。
それなのに当の本人は、食べてくれと言わんばかりに隙だらけで。航はお仕置きも兼ねて、穂高の布団を思い切り剥いだ。いきなり外気に晒された穂高が、ぎゅっと縮まって呻く。
「んん……寒い…………わたる、寒い」
「そりゃ寒いだろうな。だってお前、服着てないもん」
「布団ちょうだい」
「駄目だ。今すぐお前を起こさなきゃ、俺まで遅刻する」
奪った布団をベッドの外に落とし、カーテンを勢いよく開く。すると朝日が容赦なく部屋に降り注ぎ、穂高は枕に顔を埋めて悪あがきをした。
もちろん、その枕も航に取り上げられたけれど。
「航の起こし方が日に日に荒くなってる気がする……」
ようやく穂高が恨みと共に起き上がる。辛うじて下着だけは身に着けていたことに、航は内心で安堵の息を吐いた。
「だって普通にしても穂高は起きないからな」
「みんながみんな、航みたいに朝に強いと思わないでほしい」
「早起きはいいぞ。そうだ、明日は穂高も一緒に走るか?」
「別にいいけど、僕のペースに合わせたら散歩にもならないと思う。僕が短距離も長距離も苦手だって、航は知ってるでしょ?」
くあ、と欠伸をした穂高がベッドから降り、大きく伸びをした。昔は小柄で華奢だった身体は、数年で逞しくなったと思う。
見た目だけならオメガらしくないのに、穂高の性格は完璧にオメガだ。
温厚で怒ることなんてなく、人に優しく親切でとにかく繊細。動物と花が大好きな穂高は、見た目も中身も天使そのもの。
人間の元をたどればサルに行きつくけれど、穂高の場合はきっと天使だ。航は本気でそう思っている。
そんな天使が、ベッドの傍で考えている航を見つめる。ぶつぶつと「天使だ」とか「羽が見える」だとか言っている航を、じっと見つめる。
穂高の唇が、歪に笑う。
ともだちにシェアしよう!