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第4話
「わーたる。さっきアルファがどうとか、大変なことになってる、とか言ってなかった?」
「お前……それを聞いてたってことは、本当は起きてたんだな?穂高、寝たフリするなんて男らしくないぞ」
「違う違う。聞いてたんじゃなくて、聞こえてたんだよ。航の独り言、声が大きいから」
起き抜けのくせに寝ぐせのない髪。艶めく前髪の間で、穂高の目が楽しそうに煌めいた。
「僕、航との赤ちゃんならほしいな」
「はあ?赤ちゃんって……お前、変なこと言うなよ」
「別に変なことじゃないでしょ。どんな想像をするかは僕の自由だし、それを口にするのも僕の自由だ」
にこにこと笑って言い放った穂高に、航は呆れながら言う。
「俺と穂高じゃ、絶対に子供はできないだろ。いくらオメガなら男も妊娠できるからって、俺たちみたいに二人ともオメガじゃ成り立たない」
男女問わず妊娠できるのがオメガだけの特徴。けれどそれは相手がアルファかベータのどちらかに限られていて、航と穂高では絶対にありえない話だ。
だから航は、くだらない冗談だと軽く流して、着替えるよう穂高に促した。
「これ以上ゆっくりしてたら、本当に遅刻するって。穂高、もっと急げよ」
「はいはい。僕、最近の航がお母さんみたいに見えて……いや、航の場合はお嫁さんって感じかな?」
「お母さんでもお嫁さんでもいいから、とにかく急げ。それと今日は昼から雨が降るらしいから、傘を忘れるなよ」
「了解。僕のお嫁さんは天気予報のチェックまでしてくれて、有能で助かるね」
軽い足取りで穂高が部屋を出ていく。
航に背を向けた先で穂高がどんな顔をしていたか、知るのは本人だけだ。
守るべく天使には裏の顔があることを、この時の航は知らなかった。
例のごとく時間に追われることとなった二人は、駅までの道を必死で走った。マナー違反の駆け込み乗車をし、学校の最寄り駅からも全力疾走でなんとか遅刻だけは免れた。
家を出た時に掴んだ穂高の手首。それを一度も離さないまま入った教室で、二人を待っていた人物が声をかける。
「うっわぁ……今日もチャイムが鳴る一分前。すごいな、こんなの狙ったって毎日は無理だろ」
壁掛け時計を指さして言ったのは柴 満生。航と穂高の友人であり、航が本当はオメガだと知っている数少ない人物の内の一人である。
「はよ、ミチオ」
全力疾走を続けたにも関わらず、息を切らすことなく航が笑いかけた。その後ろでは穂高が自分の席で突っ伏している。
「航。穂高はお前と違って軟弱で脆弱で、か弱いお坊ちゃまなんだから少しは手加減してやれよ」
「あー……うん。そもそも穂高がちゃんと起きてくれれば、もっと余裕を持って来れたんだけどな」
「穂高。お前まだ朝弱いの治ってないのか?」
ぐったりしている穂高にミチオが話しかけると、穂高はのっそりと顔を上げてミチオを睨みつけた。
「僕が朝に弱くても、ミチオには関係ない」
「おい穂高、なんだよその顔は。俺と航で態度が違い過ぎるぞ」
「だって航はミチオと違って僕のことバカにしないし、航は僕のこと悪く言わないから」
「俺だって悪口は言ってないだろ」
「さっき僕のこと軟弱だって言ってたのは誰?もし忘れたっていうなら、航を見習った方がいいよ。航なら自分の言ったことにはきちんと責任をもってくれるから。ね、航」
急に話を振られた航は、目を瞬かせてから首を傾げる。
「ん?俺がどうした?なんかすげぇ名前を呼ばれてた気はしたけど」
にっこりと笑う航は、穂高とミチオに向かって「お前ら仲良いな!」と喜ぶ。
激しく鈍い航に穂高はため息をつき、ミチオはニヤニヤと笑う。
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