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第5話
航には爽やかな朝がよく似合う。航が登校してきた時から盗み見ていたクラスメイト数人は、その様子に感嘆の吐息を零した。
もちろん、穂高はそれを見逃さない。
「僕の航は責任感が強くて、僕の航は何でもできて、僕の航はすっごく頼れるんだってミチオに自慢してただけ」
天使以上に天使な穂高の微笑みに、航はだらしなく口元を緩めた。穂高に褒められたことに気がとられ、台詞の真意に航は気づかない。
何度も僕の航、僕の航と強調されているのに、どうしてそこを聞き流すのだろう……と、ミチオは不思議だ。
「これからも僕をよろしくね、航」
満面の笑みで言う穂高に航は大きく頷く。その様は恋人同士以外の何物にも見えず、クラスメイト達は改めて見せつけられた気分だ。
凶悪なほど愛くるしい穂高の笑顔は、教室のあちらこちらで信者を作り、穂高を高嶺の花へと押し上げる。
けれど穂高の隣にはいつも航がいて、誰も航には敵わない。今日もお似合いな航と穂高を、遠巻きに眺めるだけ。
なんて茶番な……。見守るミチオのため息は止まらなかった。
「本当、僕の航は最高のパートナーだ」
「なんだよ。その……なんか穂高に褒められると、ちょっと照れるんだけど」
「ちょっと?でも航の顔、真っ赤だけど?」
「うるさい。走ったから暑いだけだ。これは照れてるからじゃない」
「ふふ。仕方ないから、そういうことにしておいてあげる」
ふわりと笑った穂高が、汗で張り付いた航の前髪を整えてやる。それから家から持参した水のペットボトルを航に手渡し、こてんと首を傾げた。
「航、開けて」
「またかよ。お前こんなのも開けられないなんて、もっと鍛えた方がいいぞ」
「そんなの必要ない。だって、僕が困ったら航が助けてくれるからね。そもそも僕は一生、航から離れる気ないし」
「あのなぁ……まあ、いいけど。それより俺もこれ飲んでいい?朝から走って喉が乾いた」
「うんいいよ。開けてくれたお礼に、航から先に飲んで」
周りの目など関係なく仲睦まじく過ごす二人を見ていたミチオは、こっそりと頭を抱えた。
なぜならば、そこにはミチオだけが知る秘密があるからだ。それはそれは重大で重要で、航に知られればミチオの生活を脅かす、とても大きな秘密が。
そんなことなど露知らず、航は美味しそうに水を飲んでいた。ミチオと目が合って「飲む?」と聞いてみたけれど、それを穂高が止める。
今朝も甲斐甲斐しく穂高の世話をやく航を見るミチオの瞳は、薄っすらと涙に濡れた。
それは決して水が飲みたかったからではない。
そうしてミチオが見えないハンカチで涙を拭い、穂高が航から手渡されたペットボトルを大事そうに抱えている最中。思い出したかのように航が声を上げた。
「そうだ。職員室に来るよう言われてたんだ。悪い穂高、ちょっと行ってくる」
「うん、わかった。早く僕のところに帰ってきてね」
「もちろん。ダッシュで行ってダッシュで帰ってくるから、ここで待ってろ」
足早に航が教室を出て行った途端、和やかだった雰囲気が一変する。それは周囲に花を散らして笑っていた天使が、本来あるべき姿に戻ったからだった。
「あー……つっかれた。朝から走って疲れてんのに、俺の癒しがいなくなるとか最悪。航を呼び出した教師って誰だよ、空気読めよクビにされてぇのかよ」
地を這うような低い声で呟いた穂高は、机に肩肘をついて足を組む。そこにはもう天使の『て』の字も見当たらない。
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