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第7話

「航のモノなら皮脂も涙も、汗も涎も一滴残らず舐めとる。舌の上で航の味を堪能して、喉を通っていく航の名残を感じ、体内に収まった航と一緒に生きていく。俺の中に航の一部が入ってくるかと思うと、それだけでイケる」  どこに行くんだ、だなんてミチオは聞かない。ただただ、見慣れてしまった友人の痴態を、ぼんやりと見守るだけだ。  ──社 穂高、16歳。  航が大事に守り続けてきた穂高の正体は、とち狂った変態アルファ。穂高がオメガだと偽る理由は航に構ってもらうからで、航が自分にかかりきりになるよう、勉強も運動も出来ないフリをする。  全ては航を独り占めする為の作戦。  毎朝、航が起こしに来るのを待ち、周囲から自分を守ろうと奮闘する航を見つめ、自分の為にアルファを演じる航を愛おしく思う。  趣味特技は航の観察……もとい、ストーキング。  これまで脳内で航を犯した回数は数え知れない。もはや穂高の妄想は妄想だけに留まらず、こうしてミチオに告げることで何とか実行を免れている状態だった。  航の貞操はミチオの犠牲の上に成り立っている。  柴 満生は思う。  穂高ほどのサイコパス野郎と巡り合った自分は、世界で一番不運な男だと。穂高にとって自分は友人のアルファでも秘密を共有する共犯者でもなく、下僕のような存在だ、と。  もし仮に航が穂高の正体に気づき、二人が喧嘩することがあったら。おそらくミチオは穂高の手となり足となり、時には駒のように使われる。穂高が航を好きになったあの日から、ミチオの運命は決まった。 「俺……なんで穂高なんかと友だちやってるんだろうな。お前なんて頭おかしいし発言もおかしいし、そもそも存在自体がおかしいのに」  答えのない疑問を投げかけたミチオを、穂高は当然のように無視をした。  そうしてミチオが切なげな顔をして思いを巡らせている間、たっぷりと脳内で航を犯した穂高は、航に開けてもらったペットボトルを手に取った。  本当ならば自力で開けられるそれを航に頼んだのは、あくまで非力な穂高君を演じる為だ。 「航が触れた水……ふふっ、愛おしいな」  ぼそりと呟いた穂高に、ミチオは息を飲んだ。たかが水も、航が触れた瞬間に穂高にとっては至高の逸品に変わる。ここまでくれば穂高の航に対する感情は、好意を通り越して狂気だとミチオは思う。 「穂高、お前って残念な男だよな」 「ア?」 「だって黙ってれば文句なしなのに。顔良し頭良し、運動神経も良くて家柄も良し。チートな存在のくせに、それを隠す意味が俺にはわかんねぇわ」  わざと何もできないフリをする穂高を、ミチオは不思議に思っていた。そもそも実際は穂高がアルファで航がオメガなのだから、何も二人揃って嘘を吐く必要などないのに。  たかが構ってほしいからだけの理由で突き通すには、穂高の嘘は大きすぎる  穂高の正体がアルファだと知らない航は仕方ないとしても、穂高は全てを知っている。航が穂高の為にアルファだと偽り、アルファを演じる為にどれだけの苦労をしているのか。全てを知り得た上で、尚、穂高は航に全てを語らない。  その理由は、何だろうか。

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