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第8話
「ミチオは本当にバカだな」
ペットボトルの飲み口を指でなぞりながら、穂高は言う。
「俺が何もできなければ、航は俺を守る為に必死になる。俺のことだけを考え、俺の為だけに時間を費やし、俺だけのことを思いながら日々を過ごす。ほら、これで航の心も身体も、全てが俺のモノになる」
「いや、でもさ。それなら別にお互い本当の姿のままでもいいわけじゃん。お前がアルファ、航がオメガ。初めから組み合わせ的には上手くいってるんだし、わざわざリスクを冒さなくてもだな」
「そんなことしたら、俺じゃなく航が狙われる方になるだろ。いくら楽天家なミチオだって、世の中がどれだけオメガに冷たいか知らないなんて言わせない」
ほとんどの事柄において劣るオメガは、格好の餌食になる。性の捌け口、怒りのぶつけ先。時には謂れのない誹謗中傷を受け、除け者のように扱われることも多い。
「俺は、航にはそんな世界を見せたくない。航の目は俺を見てればそれでいい。余分なものは何も映さなくていい」
「穂高……」
「それに、俺の為に努力する航は可愛い。俺に勉強を教える横顔も、俺の手を引いて走る後ろ姿も、俺のことを悪く言われて怒る姿も。それが全て俺のモノになるなら、どんな嘘だってついてみせる」
「それを続けて、お前はどうするんだよ?いつまでも続けられるような事じゃないだろ、お前の嘘は」
「それもまた愚問だな、ミチオ。航が俺を想ってくれるなら、死ぬまで続けてやる。最期の瞬間まで俺は、航の大事な穂高君でいてやる」
指先でなぞっていた飲み口に、穂高は唇を寄せた。そっと口づけを一つ落とし、覗かせた舌先で優しく舐め上げる。
航が口をつけた箇所を。美味しいキャンディを舐めているかのように目元を赤く染め、うっとりと穂高は言葉を紡いだ。
「ここまで俺に愛させるなんて、航の罪は深い」
ミチオもそう思うだろ?
笑いながら言った穂高に、ミチオは眩暈がしそうになった。
「俺はお前の狂った頭の方が、何倍も罪深いと思うけどな……まさか航も、ここまで想われてるとは想像もしないだろうし」
ミチオにとって穂高は友達であるけれど、それと同じぐらいに航も大切だ。どちらか一方だけの味方をするわけにはいかない。だがしかし、どう考えても穂高の言い分は勝手だ。
それなのに穂高は、ミチオの咎める視線も言葉も、全く気にしない。それどころか笑って言う。
「全てを知った時、航はどれだけ喜んでくれるかな」
「いや、喜ぶっていうか逃げだすだろ普通は。良くて大激怒の上に絶縁じゃねぇかな」
「怒り狂う航も可愛いんだろうな……はぁ、早く航に会いたい。喉の奥まで舌を突っ込んで、粘膜の隅々まで舐め回したい」
「想像しなくてもドン引きだわ……。お前は相当トチ狂ってやがるな」
軽く蔑んだ目で穂高を見たミチオは、視線を教室の中へと移した。軽く周囲を眺めてみれば、時々誰かと目が合う。すべて穂高に向けられた視線だった。
好きな人が嫌な思いをするのなら、自分が身代わりになってもいい。その言葉通り、穂高は自らに欲望の矛先を向けさせる。
航が好きだからこその常軌を逸した行動。行き過ぎているとは思っても、その根本は航への愛情だ。
だからこそミチオは、穂高を嫌いにはなれない。
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