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第9話
一旦話を終えた二人は、揃って一時間目の準備を始めた。
既に本鈴が鳴ったのに担任が来ないのは、航との話が長引いているからかもしれない。ミチオはこっそりと穂高を見る。やはり穂高も航の帰りが遅いことに気づいていて、眉間に皺を寄せていた。
「それ、航のノートだろ。なんで穂高が持ってんの?」
ミチオは穂高の注意を逸らすために話しかけた。穂高の手元にあるノートを指さして。
「昨日出された数学の宿題が難しいからって、航が貸してくれた」
「さすが航。勉強が苦手な穂高君のことを思って、頑張って解いたんだろうな。それがお前の作った設定だとも思わずに」
航は努力の天才であって、元々の能力はさほど高くない。きっと苦労して宿題を仕上げたであろう航を想像し、ミチオの頬が緩む。恋愛感情ではなく、純粋に航を微笑ましく思ったからだ。
「ミチオ。薄汚れた目で航の私物を見るんじゃねぇよ」
それすら許さない狭量の穂高は、ミチオから航のノートを遠ざけた。
自分の物と航の物。同じ問題を解いたページを開き、答え合わせをするように二つを照らし合わせる。
そこに間違いを見つけた。間違っていたのは穂高の方ではなく、航の方だった。
「航、最後の問題ケアレスミスしてる。はぁ、可愛い……今すぐ犯したい」
たかが間違いを見つけただけで脳内強姦を始める穂高に、ミチオはドン引きした。けれど口には出さず、心の中で諸々の感情を抑える。
軽くトリップをしている穂高に、自分の声など届きはしないと知っているからだ。
穂高の指がシャーペンを握る。航と色違いで買ったらしい黄色のそれは、航いわく「穂高みたいにキラキラした色」だそうだが、ミチオから言わせれば穂高の色は漆黒だ。
「数学の先生、最後は絶対に応用問題出すからな。しかも授業を聞いてるだけじゃ解けない意地悪な問題。航、これを解くのにどれぐらい時間かけたのかなぁ」
鼻歌を歌いながら穂高が航の解答を書き直していった。何気なくそれを見ていたミチオは驚き、大きく目を見開く。
「おい穂高、俺の見間違いじゃなきゃお前の字と航の字が……その、全く同じに見えるんだけど」
ミチオが今までに何度も見てきた穂高の字は、筆圧が低めで流し書きが多い。それなのに今、穂高が書いたのは全体的に丸まっていて、最後までしっかりと書き込まれていた。
航が字を書く時の癖と同じだった。
「穂高……お前、航のことが好きすぎて字まで似せてきたのか?」
行くところまで行きついた友人を、ミチオは憐れむ。
常人離れした思考を持つ穂高なら、航に似せた字で航のフリをして、自分に宛てた手紙ぐらい書いていてもおかしくないと思ったからだ。
自分自身に向けて『穂高が大好き』と書いて、それを航からの手紙だと思い込もうとする穂高を想像する。ミチオは、涙が出そうになった。
そんなミチオに対し、穂高は視線を一切向けずに答える。
「こんなこともあろうかと練習したんだよ。航は頑張り屋だけど抜けてるところあるし、今まで見せてもらった宿題もよく間違ってたしな」
「え、そうなの?航のフリして自分にラブレターを書く為じゃなくて?」
しまったと思ったが遅い。ミチオは、素直に言いすぎた口を押さえた。そして穂高からの罵倒に耐えるべく、心の準備を始める。
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