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第10話

「ミチオ……お前は俺を何だと思ってるんだ」  どう見てもただの変態サイコパス野郎じゃないか。それに嘘つきも足して、なんなら強姦魔も追加してやってもいい。  ミチオは心の中ではそう返事し、けれど実際には笑ってごまかした。ノートを見ていた穂高に愛想笑いは気づかれなかった。 「ミチオ、俺は自分だけじゃなく、航にも高嶺の花でいてもらいたいんだよ。ゴミ共が気安く寄ってきやがったら、それを駆逐する俺が疲れるだろ?」 「今度はゴミ呼ばわりかよ。そこまで突き破った性格してると、逆に清々しいな」 「それに航の字をマスターしておけば、色々と役立ちそうだし」  歪な笑みを見せた穂高は、聞いてもいないのに続けた。 「万が一にでも航が俺から離れようとしたら、前もって作ってある誓約書を見せようと思って。航の字で何があっても穂高から離れないって誓ってあるやつ」 「は?何だよ、それ。航に書かせたのか?」 「お前はバカか?俺が航のフリして書いたんだよ。責任感のある航なら、約束したことを簡単に反故にはできないだろ?航は俺のことを完全に信用してるし、まさか俺が勝手に作った物だなんて思わない。俺の航はいい子だからな」  得意げに語った穂高は、難問と呼ばれる問題を淀みなく解いた。同じくアルファのミチオでもそれなりに時間のかかった問いを、三分とかからずに。    かなりの時間をかけても間違っていた航と、当たり前のように正しい答えを導き出した穂高。現実の厳しさに、ミチオの内心は複雑だ。  そうして全ての問題の答え合わせを終え、存分に頬ずりを終えた穂高がノートを鞄に戻したのと、航の声が聞こえたのはほぼ同時だった。  教室の外に航の姿は見えないけれど、穂高が航の声を聴き間違えるはずがない。 「やっと帰ってきた」  嬉しそうに呟いた穂高が見つめる先に、やがて航の姿が現れる。だが、そこには航以外の姿もあった。  何かを話しながら歩く様子は、特別仲が良さそうでも悪そうでもない。ただ世間話をしているだけのように見えるのに、気の狂った穂高にはやけに親しそうに見える。  穂高にとって航に話しかけることは、航を口説いているのと同じだ。 「誰だよ、あの能面男は」 「能面?ああ……確かに薄顔ではあるけど、別に能面って程じゃないと思うぞ」 「そもそも能面の分際で俺の航と同じ空気を吸うなんて、ありえないよな」 「お前の考え方の方がありえないけどな。能面に失礼だろ」  穂高とミチオ。お互いに顔には出さず、極力最小限の声で言葉を交わす。次第に近づいてくる航は、まだ二人が自分を見ていることに気づいていなかった。 「あー……これ駄目だわ、もう我慢の限界。能面を排除してくる」  唸るように言い捨てた穂高が教室を出ていく。低すぎる限界値にミチオは呆れ、この先の展開を思って頭を抱えた。きっと、また見たくもない光景を見せられるのだろう。

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