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第12話
数時間が経ち、四時間目の授業が後半に差し掛かった頃。英語の教師の話を聞き流しながら、穂高はぼんやりと考えていた。
出会った時は航よりも低かった身長は、今ではあまり変わらない。運動音痴のフリはともかく、このまま勉強もできない穂高君じゃ航と同じ大学へは進めない。けれど、突然できるようになるのもおかしい。
その時その時で最善の選択をしてきた自信はある。でも、それが最善の結果へ繋がっているかと考えると、即答はできない。
一緒にいたいから自分を偽って、本来なら航が被るはずの侮蔑も受けてきた。完璧なアルファを演じる航に媚びている自分は、周囲から見れば滑稽な存在だろう。けど、そんなことはどうでもいい。
誰に何を思われようがいい。ただ、航だけが好いてくれるなら、それでいい。
今は誰よりも穂高が好かれているに違いない。けれど……本当のことを知ったら。ミチオには死ぬまで隠し通すと言ったけれど、それができる可能性は低いことを、穂高は理解している。
「……いっそ全部ぶちまけてしまった方が楽なのかもな」
教師の声に紛れて、穂高が呟く。
開き直って全部見せてしまおうか。頭の中でどれだけ航を穢してきたか、どれだけ航に嘘をつき、どれほど自分が航に恋い焦がれているか。
何十回、何百回と叫べば航なら分かってくれるかもしれない。でもそれは、自分が楽になるのと同時に航の努力を無視することになる。
航が数年かけて手に入れた地位も名声も、能力も。穂高なら容易に手に入れられるだろう。航と出会う前の自分は、それを全て当然のように持っていたのだから。
航に出会って今までアルファとして持っていたものを捨て、アルファとして過ごしてきた過去を忘れ、嘘をついてまでオメガに成りきった。
そのことを後悔はしていない。けれど今の状況に納得ができないのは、この先が見えないからだ。
航のことを好きになるアルファが現れたら。そいつの為に航がオメガに戻ると言い出したら。そいつと手をとりあって、そいつとの未来を望んで、そいつと生きていくと決めたら。
「……殺す」
きっと自分は殺めてしまう。泣き叫ぶ航を振り払い、繋がった糸を無理に切り離してしまうだろう。そして、航を囲って離さない。汚い感情も全て航にぶつけてしまうだろう。
航を傷つけたくなくて、自分が見代わりになった。けれど、どれだけ思い描いても、この先航を傷つけるのは穂高自身のような気がする。
そうならないように考えて、考えて、考えても答えは出なかった。だからこんな生活をもう何年も続けているのに、それでも考えるのを止められない。
今日もまた出ない答えに、穂高は考えることを一旦やめた。すると意識が現実に戻ったからか、やけに隣が気になる。
「ミチオ、視線がうるさい」
指摘した穂高の視線はひどく冷めきったものだった。
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