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第14話

 悪魔からの贈り物を教科書の裏に隠し、ミチオは穂高に身体を向けた。それはこれからする話が真剣なものだという合図で、気づいた穂高もミチオへと顔だけを向ける。顔だけを。 「穂高さぁ、わざわざ嘘のヒートを演じて、一週間も航と離れる意味って何?だいたい、本物のオメガだって薬飲んだらヒートを抑えられるのに、お前のしてることって変じゃん」 「普通の薬じゃ抑えられないほど発情する俺を、航は絶対に見放せないだろ。俺は悲惨な体質を持つ悲劇のヒロイン。それってヒーローを目指す航にとって、最高の組み合わせじゃねぇか」 「そんなことのために航から離れんの?!一週間も?!航依存症のお前が?!」 「質問が多いな……まあ、それは理由のうちの三割だけど。そのうちもっと強力な薬が出てくるだろうし、そうしたら俺にも効いたってことにする予定」  残りの七割は。穂高が続ける。 「正直わ四六時中ずっと一緒にいるのはキツい。朝から夜まで俺の一日は航と一緒で、手の届くところに航がいて、でも俺は手なんて出せない。航の大切な穂高君は、航を純粋に慕ってるフリをしてる俺だから」  机の上で手を組んだ穂高は、そこに額を押し当てた。思春期の青年にとって、好きで好きで仕方のない相手に触れられないことは辛い。  好きだと言っても友情としか思ってもらえないのなら「俺も穂高が好きだ」と何度言われたところで報われない。 「航の好きと、俺の好きは意味が違う。航は俺に触れたいと思わないし、俺を自分だけのモノにしたいとも思わない。航が俺の傍にいてくれるのは、俺を無事に運命の番に会わせる為だから……自分がそれになるなんて、航は考えもしないだろうな」  一緒にいると心は喜ぶけれど、胸の奥が軋む。楽になりたくて好きだと告げれば、余計に苦しくなる。航が笑えば笑うほど穂高は航を好きだと実感するけれど、同時に自分の醜さを痛感する。  一緒にいたい。一緒にいたくない。  傍にいてほしい。傍にいてほしくない。  そのバランスが崩れそうになった時、穂高はヒートが訪れたと嘘をつく。薬が効かないから外には出られない、そんな姿を航に見せたくないから落ち着くまでそっとしておいてほしい。  大丈夫だと笑って、そしてまた嘘をつく。  偽りの生活の中にある真実は、航を好きなことだけ。そのことを頭に思い浮かべて一週間を過ごし、不安を押し隠してまた航の隣に戻る。 「そういうことだから。明日から一週間、気を抜くなよ」  穂高は自分の心の内をミチオに語ったことはない。それでも敏い友人は何も聞かず、知っていても知らないフリをする。まるで嘘をつき続けている航と穂高に感化されたように。 「わかったけど……あんまり無理はするなよ。穂高だって俺らと同じ人間なんだからな」 「ミチオは変なことを言うよな。俺が人間じゃなかったら、他に何があるんだよ?」 「航にとってのお前は天使だろ。まあ、俺にとっての穂高はサイコパスの国の魔王だけど」 「魔王って。例えが下手だな、お前」  ふふ、とまんざらでもなさそうに穂高が笑う。  それを見ていた航の顔が翳ったのは誰も知らない。

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