15 / 28

第15話

「うっま!穂高も一口飲んでみろ……よ」  パックジュースを片手に航が口を閉ざす。初めて買ったそれがあまりにも美味しくて、穂高にも飲ませてやりたくなった。けれど、今日は肝心な穂高がいない。  今日だけでなく昨日も一昨日もその前の日も。穂高がヒートになって四日目。数ヶ月に一度だけのことなのに、航にとっては穂高のいない数日間はあまりに長かった。 「あー……穂高のいない学校はつまんね」  感動するほど美味しかったはずのジュースも、もう飲みたいと思わない。きっと今の自分にとってはジュースも雨水も、大して違いがない。  一番大切な存在がないだけで、日常が日常でなくなる。授業を受けるのは億劫で、航はサボってやろうかとも考えた。でも、来週には戻ってくる穂高に教えてやるためにも、そういうわけにはいかない。 「放課後、家に行ってみようかな……でも来るなって言われてるし。どうしても穂高に会いたくなったって言ったら、少しぐらいなら会ってくれるかな」 「待て待て待て。航、そんなことしたらお前が死ぬことになる。主にお前の尻が」  航の独り言に反応したミチオが、その手からジュースを奪い取る。気づかないうちに握りしめられたパックが、歪つな形にゆがんでいた。 「俺が死ぬって何だ?今、死にそうなのは穂高の方なのに何言ってんだよミチオ」 「ああそうだな。確かに穂高は今ヤバいかもしんないけど、それは今だけじゃなくて、あいつの場合は常にヤバいって言うか」 「ミチオは時々、日本語の迷子になるよな。何か悩みでもあるのか?」 「お前まで俺をそんな扱いするのか……大丈夫だ、俺は三人の中で一番真っ当な道を進んでるから」  片手を額にあて、ミチオは思案した。航に対する穂高の依存は、それはもう凄まじいものだけれど、航も大概だと思ったからだ。  せっかく手のかかる存在がいないのだから、たまには羽を広げて好きな事をすればいいのに。それなのにわざわざ自分から穂高に会いに行こうとする意味がわからない。  そんなことをしたら、感極まったサイコパスが何をするかわからない。そのまま部屋に監禁され、出してもらえない可能性だって十分にある。  そうならない為にもミチオは航の説得を試みる。あと数日の我慢だとか、穂高のいない間に自分とも遊ぼうと言ってみたけれど、航の顔は憂いたままで……。  ふと、ミチオは珍しいと思った。航は意志が強く自分で決めたことは貫くタイプだけれど、頑固ではない。穂高と違って融通はきくし、相手の意見もきちんと受け入れる。  それなのに今日の航は、頑として自分の主張を曲げない。  穂高に会いに行くと言って聞かない。 「航、お前こそどうしたんだよ。穂高が引きこもるのなんて、今まで何度もあっただろ。今までの航は、穂高のいない間にもっとイイ男になるんだって言ってたじゃん」 「そうだけど……そうなんだけどさぁ。なんか最近の俺、おかしくて」 「おかしい?航が?ちょっと待ってくれよ。せめてお前だけはマトモでいてくれないと、俺の寿命がごっそり削られるんだけど」 「……寿命が何の関係?まぁいいけど。おかしいと言うか気になって仕方ないというか、ずっと考えてることがあって」  とうとう穂高の正体がバレたのだろうか。いくら航が天然記念物レベルに騙されやすいとしても、何年も秘密を隠し通すのはさすがに無理があったのではないか。  もし自分のいない間に航に変化があったら……。確実に穂高はミチオを許さないだろう。たとえそれがミチオの所為ではないにしても、笑いながらミチオを吊るし上げ、あらゆる苦痛を与えるぐらいのことを穂高ならやり兼ねない。  両手で顔を覆い、ミチオ願った。どうか航が気づいていませんように。仮に気づいていたとしても、穂高のいる時に言い出してくれますように。  そんなミチオの願いは、ある意味叶って、ある意味で裏切られる。 「穂高ってさぁ……ミチオのことを好きだったんだな」  航の一言によって。

ともだちにシェアしよう!