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第16話
ミチオは絶句した。
一体、どこをどう見たらそんな発想が浮かぶのだろう。あの航バカで航しか見ていないくて、世の中は航か航じゃないかで区別しているような男が。拗らせ続けた愛情を歪んだ方法で伝え続け、そのくせ土壇場で逃げ出すドヘタレな変態サイコパス野郎が……。
「穂高が俺を…………え。航、今何て言った?」
きっと聞き間違いだったのだ。そう言えば今朝、家で流れていたニュースもよく聞こえなかったから、自分の聴力が落ちたんだ。そう思い込もうとしたミチオは、念の為に航に訊ねた。
「だから。穂高はミチオのことを好きだって言ったんだよ」
ミチオの聴力は問題なかった。
「いやいや。どこをどう見てどう考えて、どう判断したらそんな結果にたどりつくのか、俺にはわかんねぇわ……」
「どう見たって穂高はミチオを好きだろ」
「いやいやいや。それはない。航、それだけは絶対にない。明日地球が爆発して瞬時に回復して、また爆発して月と合体するぐらいにない」
「その場合、地球に住んでる俺たちはどうなるんだ?」
「そうだな……まあ一回目の爆発でほぼ即死だろうけど……って、真剣に考える事じゃないから!真剣に考えるべきなのは、航がどうしてそんな勘違いをしたのかってことだ!」
航の肩を掴んだミチオは、ぐいっと顔を近づけた。穂高がいれば殴られるに違いない至近距離でも、今日だけは誰も咎めない。
「いいか航。穂高が俺を好きなんてことは断固としてない」
「でも……でも、穂高ってミチオに対しては何か違うじゃん。俺と一緒の時より、ミチオと一緒の時の方がリラックスできてる」
「それはだな、それは……それはっ」
それは自分に対しては何も演じなくていいからだ。
優しく弱い穂高君でいなくていいし、ずっと微笑んでいなくていい。自分のことを『俺』と呼んで、思うがままに暴言を吐き、思うがままに相手を威圧し、恐喝し、恫喝できるから。
考えてミチオは泣きそうになった。穂高の自分に対する扱いが、あまりに酷いからだ。
「航、航が思っている以上に穂高はお前のことを考えてるよ」
脳内で犯しまくるぐらいに。穂高の脳内で、航は何度孕まされたかわからないほどに。
「だから航のそれは完全なる勘違いだからな。いいな、絶対に穂高に言うなよ。そんなことしたら、穂高は…………」
穂高は、俺を抹殺する。
この冗談は笑えない。言ったところで信じてもらえないと思ったミチオは、唾を飲み込んだ。クズな友人の為に、善人の友人に嘘をつく罪悪感と一緒に。
「穂高の憧れはお前だ、航。穂高はお前みたいになりたくて、それを俺に相談してるだけなんだ」
「そうなのか?」
「ああ。でも穂高にもプライドがあるしさ。お前には知られたくないって言ってたから、これは聞かなかったことにしてくれな」
キラリ、と白い歯を輝かせ真っ赤な嘘をついたミチオは、思いきり航から顔を背けた。これ以上航を見ていたら、穢れ切った自分に耐えられない。
「そうか……穂高、俺に憧れてくれてるんだ。そっか、そっかぁ」
頬を緩ませ、だらしない顔で航が笑む。誰からも認められる完璧なアルファ片桐航は、穂高に認めてもらえることが一番嬉しい。
「じゃあもっと穂高が俺に憧れてもらえるよう、今日も頑張らないとな!」
さっきの帰りたい発言を完全撤回し、航は意気揚々と授業に向けての準備を始めた。ここまでチョロすぎる友人に、ミチオは不安を覚える。何か起きな事件が起きそうな予感がするのだ。
そしてミチオの不安は残念なことに的中する。
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