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第17話

 身体が熱い。航が初めに違和感を抱いたのは、朝のランニングを済ませてシャワーを浴びた後だった。てっきりいつもより長く入ったからだと思っていたのに、どうもおかしい。やたらと火照る。  開いた手が微かに震え、胸がドクドクと強く打つ。身体の奥から響いてくる感覚に、航は胸元を押さえた。通学途中の道端で、壁に凭れて熱い息を吐く。 「は……ぁっ、つ」  航の中に思い浮かぶ要因。無性に身体が熱くなって、息が苦しくて、頭がぼんやりする。身体が言うことを聞かない。自分をしっかり保っていないと、今すぐにでも誰かに縋りついてしまいそうだ。  誰かに。慰めてくれるやつに。  抑えきれない欲望が身体を突き破り、今にも叫びだしそうになる。 『早く俺を犯してくれ』  そう心が叫んでいた。それを認めたくなくて航は首を振るが、その振動すら自分を追い立てる刺激になる。 「嘘だ、だってまだ予定では先で……くそっ」  既に半分にまで折れた上半身。これでは家に戻るどころか、顔すら上げられない。  けれど、このままここで待っていても回復はしないだろう。今、自分に起きている現象がアレだとするなら……忌まわしい『ヒート』だとしたら、ここにいる方が危ない。  そう思った航は自分を叱咤して一歩を踏み出した。けれど地面に触れたはずの足は、まるで空気を踏んだかように何の感覚も伝えてくれない。もう、歩けない。  ぼんやりとした視界で、航はスマホを操作する。その画面が濁って見えるのは、泣いているからだった。涙の膜を瞳に浮かべ、必死に名前を探した。 「ほだか、穂高……出て、助けて」  耳に押し当て、そこから目的の人物の声が聞こえるのを願って。ワンコール、もうワンコールと音が重なる度に、絶望はどんどん色を増して。  もし、穂高が出てくれなかったら。穂高だってまだ完全にはヒートが終わってはいないだろう。だって穂高のヒートが始まったのは、ほんの四日ほど前だから。  けれどアルファのミチオを呼ぶわけにはいかず、不運なことに家族はみんな仕事や私用で頼れなくて。  だから穂高に頼るしかできない。けど、本当にそうだろうか。続くコール音を聞きながら航は考える。  きっと、どんな状況でだって自分は真っ先に穂高に頼ったはずだ。誰よりも先に穂高の顔が浮かんだはずだ。だから自分の選択は間違っていない。俺は穂高を信じても大丈夫。  ふわり、と航の瞳に希望の色が蘇る。極限の中で穂高のことだけを思い浮かべ、そっと目を閉じた。 「穂高、早く……ッ」  息は荒いし胸は苦しいし、頭の中が沸騰しそうだけれど。あとワンコール、もう一回、次が最後。そうして何度目のコールを聞いただろうか。自分でも驚くほどの諦めの悪さに、こんな状況でも笑いが零れた。そして。 「航?」  機械の向こうから聞こえた声に、堪えていた涙が頬を伝う。今は隣にいないはずの穂高が傍にいるような気がして、航の気が抜けていく。  ずるずると落ちていく身体。座り込んだ地面は冷たいはずなのに、もうその冷たさすら感じない。  とにかく熱くて熱くて。この熱が自分を焼き尽くすような錯覚に、航は声を絞り出した。 「穂高、助けて。俺もう限界……っぽい」  返ってきた返事は「待ってろ」だった気がする。なんだか穂高っぽくないセリフだなと思いながら、航は頭を抱えて蹲った。小さく丸まった航は、とても弱々しく唸る。

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