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第18話

 航からの電話を一言で切った穂高は家を飛び出した。後ろから家政婦の呼び止める声が聞こえたけれど、そんなことは気にしていられなかった。  右手に握ったスマートフォン。そこから届いた航の声はひどく震えていて、事態が緊急なのは察しがつく。 「航の居場所……ッ、早く!」  信号待ちの間に画面を開き、アプリを起動する。こっそりと航のスマホにGPSをダウンロードしたと言ったら、ミチオはやりすぎだと笑ったが、それに助けられた。    地図上で点滅する印は近い。けれどそれは一向に動く気配がなく、余計に穂高を焦らせる。  どうして航は動かない?ヒートで引きこもっているはずの自分に助けを求めるぐらいだから、よほど困った状況のはずなのに。それなのに、どうして動かない?どうして動けない? 「クソ!信号なんて待ってられるか!」  穂高にとっては法律よりも航が大事だ。迷うことなく駆け出した穂高は、航がいる場所へと突き進む。日頃の運動音痴な穂高では考えられないほどのスピードで、ただ前へと進む。知り合いに見られたらなんて、考える余裕はなかった。  そうして角を曲がって脇道に入る。大きな公園へと続くそこは、航がランニングをする時に使う抜け道だ。あまり人目がなくて、特に今のような平日の昼前は誰も通らない。  でも、今日もそうだとは限らない。だから穂高は走って走って、とにかくもう必死に走り続けた。  そして、見つけた。  まるで小さな子供のように丸まって。耳を手で覆い、何も聞かないようにした航に目線を合わせるよう、穂高は屈んだ。  穂高が息をのむ。 「航…………っ……もしかして、その顔は」  強く瞑った目は何も写していないけれど、目元がほんのり赤い。それよりも紅い唇は、噛みしめ過ぎたせいで血が滲んでいた。  肩で息をして、声を押し殺して。震える身体も漏れる吐息も、航の全てが今の状況を穂高に教える。 「どうして。もしかして薬、飲んでないの?」  一つ一つ、言葉を切って問いかけた穂高に航は答えた。 「まだっ……予定より早くてっ、だからこんな……来るとは、思ってなくて」 「いつも持ち歩いてあるのは?」 「今日は、持ってない……。どうしよう穂高。俺、もう……歩けなっ」  航が言葉を紡ぐ度、はぁはぁと熱い息が穂高に降る。心配して顔を覗きこんだはずが、それが仇となった。  アルファの穂高にこの状況は辛い。航と同じぐらいに、航とは違った意味で苦しい。  目の前には誰よりも焦がれる航がいる。想像で何度も汚し、何度も身体を重ねてきた航がいる。  現実の航が、自分を欲望の眼差しで見ている。  穂高の喉がゴクリ、と鳴る。アルファの性が囁く。    ──『食べてしまえばいい』と。  本能のままに手を伸ばして、妄想を現実に変えてしまえばいい。それをずっと望んできたはずだ。  上がった穂高の手が、航に触れるか触れまいか彷徨う。なけなしの理性で宙に止まったそれを、航の手が包んだ。穂高の手を自らとり、そこに頬を寄せる。 「助けてって思って、頭に穂高しか浮かばなくて……っ、そうしたら穂高が来てくれて。なのに俺、俺……ッ、穂高を見た瞬間、ここがきゅん、ってなった」  布の上からでもわかる、膨らんだ航の下肢。そこに穂高の手を押し当てた航は、強い力で奥へと滑らせる。  穂高の手が、穂高の指が。航の秘められた箇所へと触れる。布越しの後孔に穂高の指先が触れ、航が零した。 「穂高ぁ……ここ、なんかヘンだ。むずむずして、奥がじんじんって」  ああ、もう限界。  そう思った瞬間、穂高は航の腕を引き強引に立たせた。人目の付かない路地の奥へと航を誘い、その唇を奪う。

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