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第40話:ハワイアン・ジントニック9

プールサイドにリゾートチェアを見つけ、僕らはそこに浅く腰を下ろす。 相楽さんがため息をつき、横目で僕を見た。 「頭冷やして考えてみろよ。仕事で裏切られたとして、それで泣いて逃げ帰る大人がどこにいる? 俺は見たことないな。悔しくて泣いても、ベッドでめそめそなんて泣かない」 「それは……」 (そうかもしれない……) 言い返せずに黙っていると、相楽さんが僕の頭をさっと撫でた。 「俺はお前に、結構な愛着を感じてる」 愛情でもなく恋愛感情でもない、愛着と言う言葉を相楽さんは選んだ。 「お前も案外そうなんじゃないのか? 男同士でも、そんな感じになることはあると思う」 「そう……ですね」 僕は曖昧に頷く。 でも本当にそうかもしれない。 僕は出会う前から相楽さんの作品を特別に、そして身近に感じていたから……。 そう考えると、やっぱり僕らの関係には『愛着』という言葉がよく似合っている気がした。 また頭を撫でた相楽さんの左手が、今度は僕の肩に留まる。 「好きだよミズキ」 視線をわずかに外したまま、さらっと言われた。 「そんなふうに言われたら、なんだか……」 「なんだか? なんだよ」 「本気にしちゃいそうで、怖いです」 (本気にした時点で、僕の方が本気になってしまうから……) この前キスされた時だってそうだった。 僕は怯えて、取り乱していた。 自分の気持ちが、どんどん肥大化していってしまいそうで怖かった。 人を好きになった経験が、僕にはあまりなかったから。 そう思っている時点で、僕はもう本気になってしまっているのかもしれないけれど……。 「本気にしろよ」 相楽さんが笑った。 「軽いです、相楽さんは」 彼を横目に睨んでみせる。 「それで俺はミズキが本気になってくれたら、このプールに飛び込むくらい嬉しい!」 「飛び込まないでくださいよ? 着替え、持ってきてないんですから」 睨んでいたつもりだったのに、笑ってしまった。 「ミズキ」 気を抜いた途端に、相楽さんが隣のリゾートチェアから身を乗り出してくる。 「キス、していいか?」 返事をする前に、角度の浅いリゾートチェアの背に右肩を押しつけられた。 「でもまだ、僕は――…」 言いかけた言葉を、不意に降ってきたキスが呑み込んでしまう。 「待って、まだ、気持ちを……」 「気持ち……誰の気持ち?」 唇を押しつけながら聞かれた。 「自分の気持ちも、それに相楽さんの気持ちも……よく分かっていなくて」 答えながら、顎を引いてキスから逃げる。 唇に、笑う吐息がかかった。 「朝まで、まだ7時間ある。ゆっくり、お互いの気持ちを確かめたらいい」 (それ、全然『ゆっくり』じゃないと思いますけど……!) その苦情は、強引な唇に完全に封じられてしまった。 優しく、強く、唇を吸われ、頭が働かなくなる。 「……っ、分かりません! なんでそんなに急ぐんですか」 唇が離れたところで、疑問を訴えた。 「逆に、待つ理由なんかないだろ。ここに俺がいて、ミズキがいる」 (それが、こんなキスをする理由?) 相楽さんの行動に、ためらいはなかった。 リゾートチェアの上で僕を抱きすくめ、キスで息が続かなくなると、唇を首筋の方へ移動させていった。 彼の頭が下がって、視界に空が映った。 (誰かが見てたら……) 降るような星空を前に、不安に襲われる。 ホテルのたくさんの窓が、プールサイドにいる僕たちを見下ろしていた。 ほとんどの窓は明かりが消えているけれど、明かりが灯っている窓もある。 「やっぱり駄目ですよ、こんなところで!」 「どこならいい? コンドミニアムのベッドか?」 それは、もっと駄目に決まってる。 「どこだって同じだ、誰かに止められたらやめればいい」 彼はそう続けた。 この人の情熱は、羞恥心なんか余裕で上回るらしい。 きっと警察署へ連行されても、涼しい顔をしている。 それを想像したら、もう抵抗する気もなくなってしまった。 その間にも、相楽さんの愛撫は続く。 「ふあっ……」 顎の裏側の無防備な部分を舐められて、くすぐったさに声が出た。 「でもこれ、なんなんですか? 相楽さんは結局、僕を……どうしたいんですか」 舌での愛撫に耐えながら聞くと、首元から顔を上げた彼が笑った。 「喘がせたい、泣かせたい。心も体も、ぐちゃぐちゃにしてやりたい」 あまりに直接的な言葉が降ってきて、僕はその場に固まってしまう。 からかわれているのかとも思ったけれど、彼の燃える瞳が、そうではないことを物語っていた。 (あ――) こんな時なのに、その瞳に引き込まれてしまった。 魅惑的な瞳が近づいてきて、また唇が合わさる。 半開きだった口の中へ、いとも簡単に舌が侵入した。

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