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第43話:本と個展とオリンピック2

「で……寝たんですか、寝てないんですか」 夜、マンションのリビングで顔を合わせた相楽さんに聞いてみる。 僕としてはとても聞きにくい質問だったのに、相楽さんはやけに嬉しそうな顔で僕を見た。 「嫉妬か」 「じゃなくて!」 「じゃあ何……」 「僕は単純に、事実を知りたいだけです」 真面目な顔をして言うと、相楽さんは今度はがっくりと項垂れてみせる。 「馬鹿言うな! なんで俺がじいさんと寝なきゃなんねーんだよ」 「……ですよね」 「ですよね、じゃない!」 パシッと頭をはたかれた。 「ミズキは俺をなんだと思ってるんだ」 「いや、違いますって。僕が言いだしたんじゃなくて、久保田さんが」 (あ!) うっかり口を滑らせてしまった。 「ふうん、久保田か……」 相楽さんはぞんざいにソファにもたれかかる。 「いえ……久保田さんを責めるのは筋違いだと思いますよ? 相楽さんが、日頃から疑われるようなことばかりしてるから……」 「あいつにどう思われようと構わないけどな」 「構わなくはないでしょう、一緒に働く仲間なのに……」 「……仲間ねえ……」 彼は腕組みし、黙り込んでしまう。 (あれ……もしかして相楽さん、気づいてるのかな? 久保田さんたちの反感を買ってるってこと) それとも僕の知らないところで、すでに衝突が起きているんだろうか。 割とはっきりものを言う久保田さんなら、相楽さんに面と向かってもの申すこともあり得る気がした。 「相楽さん、あの……」 「なんだよ」 彼は厳しい表情のまま、顔を上げる。 「いえ……。加勢井先生と何もないなら、作品集と個展のことは素直に喜んでいいんですよね?」 「素直にねえ、んー……」 「ちょっと! なんでそこで黙るんですか。やっぱり後ろ暗いことがあるんじゃ?」 「ちげーよ! ただあのじいさんにも目的があるってことだ」 「目的……?」 意外な言葉に、僕はまばたきを繰り返した。 相楽さんの作品集を出版し、個展を開く。 その目的とはなんなのか。 彼は顎を撫でながら、また口を開いた。 「じいさんは、俺に箔をつけたいんだと思う。オリンピックに起用するために……」 「え……オリンピック?」 ますます混乱する。 「加勢井先生は、東京オリンピックの組織委員会にも名を連ねてるんだ。けど、オリンピックの利権はほとんどが電報堂に牛耳られてるだろ? ミズキも、それくらいは知ってるよな」 「はい、一般的な知識としては……」 軽く同意して、話の先に耳を澄ます。 「じいさんは前にこう言ってた。デザイン部門だけでも、電報堂の息のかからない市井のデザイナーに任せたい。それができる、優秀な若手を探してる」 頭の中で、ようやく話が繋がった。 「つまり……それが相楽さんなんですか?」 「……だな」 彼はわずかに表情を緩めた。 確かに相楽さんは、デザイン業界で最も注目されている若手のひとりだ。 社内から見たら人柄や仕事ぶりに難はあるけれど、外から見れば輝ける彗星に違いない。 カリスマ性、押しの強いキャラクター。 そして何より、作り出す作品の魅力。 それに加え、最近ではテレビにも顔を出している。 電報堂に対抗する勢力が、そんなこの人を利用しようとするのも不思議はない。 「でも……いいんですか、相楽さんは。それに乗っかって」 なんだか不安になってしまい、僕は彼のそばへ歩み寄った。 すると立ったままの僕を、相楽さんは余裕の笑みで見上げる。 「怖いのか? ミズキは」 「それは、怖いですよ……そんな権力争いみたいなことに、あなたが巻き込まれるのは」 「ミズキ……」 腕を引かれ、ソファの隣に座らされた。 彼の体温を近くに感じ、少しだけ気持ちが和らぐ。 「けど俺も、嫌いじゃないんだよな、オリンピックが」 相楽さんが不意に、明るい声になってそう言った。 「みんなで集まって競い合ったり、応援するのってなんか楽しいだろ?」 「そうですね」 隣にある、純粋な笑顔にホッとする。 「だからさ、じいさんの思惑はどうあれ、この話には乗ってみたいんだ」 (相楽さんがそう思うなら、僕が止めることなんてないのかな?) 穏やかな横顔に見とれていると、その顔がこっちを見てふっと笑った。 「ミズキは相当、俺のことが好きだよな?」 「へっ……?」 思わず変な声が出てしまう。 「嫉妬したり心配してくれたり、可愛いやつ」 「いや、嫉妬はしてませんって!」 「ホントかよ!」 「本当に、そういうんじゃありません……」 もじもじと下を向くと、隣から腰を引き寄せられた。 ハワイ以来の甘い触れ合いに、心臓が跳ねる。 「ちょっとこっち向いてみ?」 顔を上げたその拍子に、鼻先が触れ合った。

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